2012年12月10日

中村党は働かない女性を応援


働かない女性を怠け者のように言う人たちを、二人の娘を授かった父親である私は軽蔑します。働くということと、資本主義のシステムに強制的に組み込まれることとは、決定的に違うことを私は知っているからです。

アルビン・トフラー「富の未来」より

<引用開始>
金銭経済は「生産消費者」たちの「タダ飯」で支えられている。「生産消費者」とは、売ったり、交換したりするためでなく、自分が消費するためにモノやサービスを作る人のことだ。
生産消費者は、セルフサービスなどの第三の活動で無報酬の仕事をしている。たとえば、ATM、スーパーのセルフレジなどを使って、単純労働を減らしている。病人や高齢者の介護を、人手を頼らず、自ら行うこともある。
生産消費者は、子どもを育て、労働力を再生産する。そもそも、子育てというタダ飯がなければ、金銭経済などすぐに成り立たなくなってしまうのだ。
<引用終了>

私の持論は、高度成長期に主婦と称する人たちが、家庭を守ってきたからことこれだけの発展があったというものです。一から十まで自分たちの文化や価値観を押し付けるアメリカにより、日本の主婦は怠け者と勝手に決めつけられ、日本女性はアメリカ的な「働き方」を強要されています。今から考えるととんでもないことです。

マザー・テレサの言葉
子ども達が愛することと、祈ることを学ぶのに最もふさわしい場が家庭であり、家庭で父母の姿から学ぶのです。家庭が崩壊したり、不和になったりすれば、多くの子は愛と祈りを知らずに育ちます。家庭崩壊が進んだ国は、やがて多くの困難な問題を抱えることになるでしょう。

その通りになりました。中村党は女性が安心して子供を生み、育て、そのことにより女性が人として大きく成長していく仕組みを生みだします。

新しい年を迎える前に、それなりのメッセージを発信できたらと考えます。
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2012年12月09日

誰も解けなかった宮沢賢治の「雨ニモマケズの謎」が解けました


雨ニモマケズ

雨にも負けず
風にも負けず
雪にも夏の暑さにも負けぬ
丈夫なからだをもち
慾はなく
決して怒らず
いつも静かに笑っている
一日に玄米四合と
味噌と少しの野菜を食べ
あらゆることを
自分を勘定に入れずに
よく見聞きし分かり
そして忘れず
野原の松の林の陰の
小さな萱ぶきの小屋にいて
東に病気の子供あれば
行って看病してやり
西に疲れた母あれば
行ってその稲の束を負い
南に死にそうな人あれば
行ってこわがらなくてもいいといい
北に喧嘩や訴訟があれば
つまらないからやめろといい
日照りの時は涙を流し
寒さの夏はおろおろ歩き
みんなにでくのぼーと呼ばれ
褒められもせず
苦にもされず
そういうものに
わたしはなりたい

「でくのぼー」と呼ばれ・・・そういうものに私はなりたい・・・なぜ「木偶の坊」なのかこれまで一人の文学者も解き明かすことができませんでした。私が解き明かしましょう。

でくのぼうは「木偶の坊」と考えられていますね。木製の偶像のことでしょう。

天領の地、元狭山村には全く別な意味の「でく」という言葉が伝えられてきました。「でく」とは、言葉はしゃべらない、自分の価値観で物を見ない「布製の人形」のことです。昭和10年代には「でく」を売る屋台がお祭りに立ったそうです。

二本木村には、臨済宗(支配する側の禅寺)寿昌禅寺があります。今でも、臨済宗は、以下のように教えています。宮沢賢治もこのあたりを学んだんだろうと類推します。

畜生は人間より偉い
<引用開始>
アダムとイヴは知恵の実を食べると、自分と他人の区別に気がつき、お互いに急に恥ずかしくなって無花果の葉っぱで前を隠した。いらい人間は自分を自覚し、眼の前にあるものを自分以外のものとして区別するようになった。これが仏教で言う「分別」の始まりである。こうしてもともとは一体であるものを自と他に分けるのである。分けることによって「分かる」のだが、分かるときはもう、それ自体から「分かれ」ているのである。
 さらにまた物を判断するとき、いくら客観的に見ると言っても、「観」という字がつく以上は、自分の判断である。こうして人間はお城のような「自我」を持ち、自我の窓から世界を見渡す。いわゆる遠近法的な見方で、近い物は大きく、遠い物は小さく見えるのだが、これは世界の正確な判断ではなく、「自己中心的」な歪んだ判断である。
<引用終了>
http://www.rinnou.net/cont_04/zengo/111201.html

これ以上の解説は「シークレット」です。年明けまでに資料をまとめ、要望があれば全国で無料講演致します。
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2012年12月08日

いにしえの中村党が元狭山村に残したものの素晴らしさ


ハワード・カーターが、ツタンカーメン王の墓に光を差し込んだ時、カーナボン卿に「何か見えるかね」と聞かれ、ハワード・カーターは「ええ、素晴らしいものが」と答えたことはあまりにも有名な逸話ですが、私は今、ハワード・カーターと同じような興奮を覚えています。

歴史の発見がこれほど知的好奇心を高めるものとは思っていませんでした。どうせ、明治時代にすべて書き直されたものだろうという位にしか思っていませんでしたが、自分自身が歴史の当事者になると、自分の目や耳から得た情報で改ざんされた歴史が修復でき、その修復された歴史は、素晴らしき日本人の生きざまを証明するもになるはずであるからです。

私もそうでしたが、たぶん100人の日本人の100人が、方言が地方のものであり、標準語が中央のものと考えることでしょう。

しかし、です。例えば東村山市出身の志村けんさんの言葉は方言ですが、誰でも理解できる言葉です。一方、天領の地、元狭山村の方言は、誰が聞いても絶対に理解できない言葉を使っていました。

例えば、ゴキブリですが、元狭山村では「黄金虫(こがねむし)」と呼ばれていました。♪黄金虫は 金持ちだ・・・」という歌がありますが、金持ちの家にしか寄り付かない、実に縁起のいい生きものだったと、戦前は考えられていたようです。

以前にも記しましたが、「ざまあ見ろ」も「座間を見なさい」です。天領の地元狭山村では相模の先の座間を見ることは立派な事であったのです。「ぶざま」も「無様」と明治以降に漢字化されたのでしょうが、「不座間」と漢字化されていれば、イメージは違っていたのでしょう。なぜならば、江戸時代でも、北条政子が活躍した鎌倉時代でも、女性も同じ言葉を使っていたからです。「ざまーみろ」などと言う言葉は、女性は使わなかったに違いないのです。

同じ言葉と言えば、「俺」です。元狭山村では女性も男性も自分のことを「俺」と称しました。私の母方は「梅田」です。中村ほどはっきりした家系はわかっていませんが、清和源氏の家系のようです。家紋は前田家、細川家、毛利家などと同じ「九星」です。私の祖母もいつも「俺」と言っていました。

天領の秩父地方と元狭山村に伝わる言葉で「あさづくり」という言葉があります。朝飯前のひと仕事という意味ですが、北条や中村の地小田原の「おだわらかまぼこ」用の漁はきっと、朝飯前の「あさづくり」だったのでしょう。

この他たくさん、鎌倉と関係のありそうな言葉が天領の地、元狭山村には伝えられています。

話を戻しますが、明治以降帝国大学の学者や役人がつくったのが標準語であり、それ以前は元狭山村の言葉が武蔵の国の標準語であったと考える方が、色々なことに説明がつきます。

私は、疲労を伴う労働にはドクターストップがかかっていますので、ボランティア活動で私が発見した歴史や、狭山茶の素晴らしさを全国に伝えて行こうと考えています。

宮崎駿監督が語っているように、日本には美しい歴史があったということを生ある限り、読売新聞関係者以外に伝えて行きたいと考えます。
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2012年12月07日

アメリカと決別する時が来た


愛好家、大麻合法化祝う ワシントン州で米国初

胸に大麻の葉を飾り、大麻解禁を祝う集会に参加した女性=6日、米ワシントン州シアトル(ロイター)
 11月の住民投票で、米国で初めて大麻を嗜好品として合法化することが決まった西部ワシントン州で6日、第1段階として少量の所持と使用が合法化された。最大都市シアトルの公園では6日夜(日本時間7日昼)、愛好家約200人が集い「解禁」を祝った。
 気温約5度と冷え込む中、愛好家らは「大麻はアルコールより安全」と書いたポスターを掲げたり、歓声を上げながら大麻を掲げたりした。中には子ども連れもいた。
 合法化には、当局が販売を管理して密売を防ぎ、課税することで州政府の新たな財源とする狙いがある。まだ販売は違法で、来年中に合法的な販売の仕組みを整備する。20年間、合法化を目指して活動してきたというジョン・デービスさん(43)は「やっとこの日が来た」と満足そう。「世界中が私たちを見ている。合法化が正しいことが分かれば、この動きは世界に広がる」と話した。(共同)
http://sankei.jp.msn.com/world/news/121207/amr12120716300009-n1.htm

自分たちの欲望を満たすことしか考えていない。日本人がワシントン州でマリファナを吸引吸うことが合法化されることを意味するが、日本人の共有する価値観、例えば「銃社会は日本民族の価値観に合わない」と真っ向対立する価値観を持つ国家による蛮行を、私たち大人は、若者たちにどのように説明すればいいのか。

繊細な心を持つ日本人にはマリファナは合わない。私は若き日にアメリカを訪れ、半年間で3回マリファナ・パーティーに参加させてもらった。確かにタバコのような中毒性はない。非日常的というか、非人間的というか、ある意味「美」を感じる世界であり、ミュージシャンが好むのがわかるような気もする。

しかし、である。3回目のパーティーは真冬のニューヨークでの体験であった。長旅の疲れと風邪気味の体調であったため、私はバッドトリップを経験した。

窓から飛び降りたくなるのである。刃物が近くにあればのどに突き刺したくなるのである。回りの人間はバッドトリップに慣れているようであるが、私は2日ほど起き上がれない程、「行動意欲」を無くした記憶がある。

麻薬の力がなくても、繊細な日本人は自分を追い詰め、自暴自棄に走りやすい傾向にある。そのような日本人が西海岸のシアトルという観光都市でマリファナを吸い、期待に反しバッドトリップしたらと思うと、ぞっとする。

アメリカ人と日本人とでは脳の機能が異なるのである。自分たちの価値観を押し付け続けるアメリカ人を私は軽蔑する。
子どもたちの未来のためにも、「新しき悪きアメリカ人」とは決別しなくてはならない。

この問題に関しては、何回も書いて、警鐘を鳴らしていきたい。


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津波襲来と日本テレビの大罪

2010年2月28日のチリ地震津波の際、日本テレビは「海岸から離れてください」という放送法に定められた放送局の使命を果たさず東京マラソンの芸能人を追う報道ぶりでした。先ほどの地震も冬だからよかった。夏場のビーチに50cmの津波が襲来したら・・・


津波被害 河田恵昭著 岩波新書
<引用開始>
50センチなら大丈夫なのか?
 小さな子どもたちと一緒に海水浴を楽しんでいる最中に、津波注意報が発令されたとき、あなたはどうするだろうか?「津波の高さは低いから大丈夫だ!」と勝手に判断してそのままいると、とんでもないことになる。たとえば、浮輪やビーチボールにつかまって浮いている子供は、沖に一キロメートル以上も流される危険がある。
 水の深さが50センチメートル程度の波打ち際に立っていて、そこに高さ50センチメートルの津波が来たら、あなたはそこに立っていられるだろうか?まず、50センチメートルの深さのところに高さが50センチメートルの津波が加わると、海底から海面まで一メートル深さの海水が、鉛直方向にほぼ一定の速度で、岸に向かって流れてくると考えてよい。そのときの流速は、津波の波長によって変化するが、およそ、毎秒二メートルである。しかも海底の砂や砂利を巻き上げてやってくる濁流である。そのとき身体にはおよそ0.三トン強の力が働く。立っておれずに転倒して、津波と一緒に流されることは間違いない。
<引用終了>

民主党五十嵐文彦前財務副大臣のブログより

放送局の使命
2010.03.02 Tuesday
 この中で、メールで頂いた詳細な情報に基づき、内閣府危機管理部局に対し津波情報をめぐるテレビ放送の問題を指摘しました。情報によれば、日本テレビ(NTV)は東京マラソンの実況生中継を優先し、津波代波到達予想時刻の28日午後1時、1時30分(東北)になってもテロップだけの対応で、午後1時45分から3分間だけの報道しか行わなかったとのことです。これは放送法第6条の「放送事業者は国内放送を行うにあたり、暴風、豪雨、地震、大規模な火事その他による災害が発生し、または発生するおそれがある場合には、その発生を予防し、またはその被害を軽減するために役立つ放送をするようにしなければならない」という規定に抵触するのではないかという指摘です。他局がいずれも午後1時に報道したのと比較し、NTVの姿勢は大きく異なっています。私は政府の災害担当部局を通じ、放送を所管する総務省に対し事実関係の掌握と対処、報告を求めました。
http://blog.garachan.com/?day=20100302

日本テレビは、解体的な出直しを図るべきであると考える。




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2012年12月06日

「いにしえの狭山禅茶」は中村茶


本日、久しぶりに中村家当主の中村誠忠(のぶただ)氏と茶談義を交わしました。

私の主張は、中村家「直角」思考に基づきます。簡単なことです。京都で生まれた「中村氏」が、源頼朝とともに現在の東海道を東進し、小田原に中村原を与えられ、臨済宗の開祖であり、禅茶の開祖である茶祖栄西の命、北条家の支援により、中村原から90度北方の牟佐志の地、「狭山の地」、現入間市二本木に、禅宗に欠かせない公共事業である「狭山禅茶」をつくり続けたというものです。

相模中村氏は、桓武平家を経て皇族のDNA受け継いでいます。北条家は豪族です。鎌倉幕府が、北条家と皇族の血を受け継ぐ中村家の当時の「家柄」をどのように考えたのでしょうか。誰にでも分かることです。

今、ここにある中村家の現実、私は今日、中世からの歴史を受け続ぐ「いにしえの中村茶」を購入しました。栄西の時代には、「健康管理」と「精神管理」は、「茶」によりもたらされるものと捉えられていました。
いにしえの中村茶は、「茶色」が違います。見るだけで心に平安が戻ってきます。70度ほどの湯水(おいしい水)にさらした中村茶の世界を体験してみてください。日本茶に対するイメージが激変するに違いありません。

農林水産大臣賞最多受賞工場 
銘茶本狭山 中村園 
入間市二本木1112
TEL 04−2934 6266
FAX 04 2930 6664
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2012年12月05日

中村勘三郎さんの死を悼む


中村勘三郎、本名波野 哲明(なみの のりあき)さんは、1955年(昭和30年)5月30日に生を受けました。私、中村克が生を受けた次の日です。

事実だけを記します。現在の名古屋駅は、中村区中村町にあります。豊臣秀吉は現在の中村町の中村公園の地で生まれたと記録されています。

中村勘三郎さん死去:「名古屋平成中村座」の公演も
毎日新聞 2012年12月05日 14時04分
 亡くなった勘三郎さんは屋号の「中村屋」ゆかりの名古屋に思い入れがあり、東海地方のファンも多かった。
http://mainichi.jp/select/news/20121205k0000e040233000c.html

私の父、中村博男は54歳で、祖父邦平は42歳で、曽祖父為一郎は56歳で死にました。

私は、結婚後から妻に「私は長生きはしないだろう」と言い、正直妻に「勝手に私を未亡人にするな」と叱られていました。

中村を名乗ってくださった勘三郎さんの分まで生きたい、今はそう思います。
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赤い羽根募金に寄付しました

1000円ですが、困っている人のところへ届けばと思い募金しました。

元気な声で「赤い羽根募金にご協力お願いします」と声を張り上げる中学生に、一言だけ伝えました。

「お金を集めることだけを考えてはだめだよ。集めたお金の使われ方も考えなさい」と。

「ありがとうございます」、という言葉が返ってきました。

日本人の女の子の笑顔って本当に素敵ですね。

私たち大人は、子どもたちの未来を素晴らしいものにする責任がある、募金をして改めてそう感じました。
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2012年12月04日

トンネル事故 野田総理の発言に失望する


野田総理の発言 朝日新聞より

「国土交通省に、被害者の救助に全力であたること、早期の原因究明と再発防止の徹底、相談窓口の設置など被害者の方々への真摯な対応を指示した」。

12月3日の午前10時02分の発言です。事故から26時間経過しており、物流の大動脈を失った経済界は困り果てているという情報が届いているはずです。

私はこの一文を読み、ショックで倒れそうになりました。なぜならば、発生日の夕方には「渋滞防止に全力を尽くすべき」という提言を民主党関係者に伝えていたからです。野田総理の発言には、困っている人を助けたいという思いやりが微塵も見受けられません。

東京ディズニーランドの知られざるインサイドストーリーを紹介します。

私は、ゲストパーキングエリアのスーパーバイザーも経験しました。当時、舞浜エリアに住む一部の人々は今で言う「モンスター」的なクレーマーでした。渋滞のこと、花火のカスが飛来することなど、事あるごとにオリエンタルランドの総務部に苦情を申し立てました。

暴露しましょう。東京ディズニーランドは、ゲストに正確ではない情報(敢えて言えば嘘)を与えていました。

ディズニーシー(セカンドパークとか第二テーマパークと呼んでいました)の建設が認可されるためには、原発問題ではありませんが、地元住民との良好な関係が求められます。これ自体は当たり前のことであり、地域エゴではありません。渋滞問題も同じです。東京ディズニーランドは渋滞により地元浦安市民に迷惑をかけないよう、最大限の努力をしてきました。新聞各紙に「公共交通機関をご利用ください」と掲載しました。

ゲストパーキングの駐車料金も一気に倍増させましたが、それは「公共交通機関」の割安感を高めるためでした。

渋滞防止のために、千葉県警には周辺道路の信号サイクルを渋滞防止サイクルに変更してもらう依頼をし、対応していただきました。「左折せよ」「直進せよ」とドライバーに指示する可変標識も、ゲストパーキングのスーパーバイザーが千葉県警に連絡し、変更することも可能でした。

それほど、地域住民の声は大切にしましたが、このことはあるパラドックス(逆説)を発生させます。舞浜エリアの住民の要求に応えるということは、パーク内でディズニーの世界を楽しむ数万人のゲストの期待に背くことになるのです。

ご存知のように東京ディズニーランドでは、毎夜花火が打ち上げられます。当時花火はアメリカ河とオリエンタルランド本社の間(ウエスタンリバー鉄道の引き込み線があるあたり、グーグル地図でみると今でもその場所のようです)から、打ち上げられました。

夏場の南風により、破片(破片というより紙くず)が舞浜の住宅エリアに落下することによるクレームを恐れ、ディズニーシー建設の認可が下り、本格的に始動するまでの間、東京ディズニーランドでは、夏場には花火を打ち上げられませんでした。

誰が考え出したのかわかりませんが、「本日の花火は上空の気流が悪いため中止させていただきます。ご了承ください。レディース アンド ジェントルメン・・・・・・」という「詭弁」のパークスピールが流されました。

舞浜地区のほんの一握りのクレーマーのために、何百万人のゲストが花火を楽しむことができない理不尽さはありましたが、第二テーマパークができれば混雑も解消する、ゲストの幸福度も高まると考え、社員一丸となって第二テーマパークの完成のために鋭意を尽くしました。

当時の私は、ゲストリレーションのスーパーバイザーでしたから、「上空の気流」と「花火中止」の関係を担当部署であるメインストリートハウスに持ちこまれることを恐れましたが、大きな苦情は一件も発生しなかったと記憶しています。

結果的にゲストに正確ではない情報を提供したことになりますが、仕方なかったと思います。

さて、トンネルの事故の件ですが、私は「民間企業のために警察が協力してくれた」実績から、山梨県警が本気になれば、日本国民や企業が困っている国道20号線の渋滞問題は解決すると断言できます。

私たちスーパーバイザーは、東京ディズニーランド周辺の渋滞現場をバイクで飛び回り、渋滞緩和の陣頭指揮を執ってきました。

読者のみなさん、グーグルの地図検索(航空写真)で「笹子トンネル」を検索し、上空からどうすれば渋滞が防げるかを、少しだけ考えてみてください。容易にどこで渋滞が発生するかが分かるはずです。

私はボランティアで、渋滞防止対策に取り組むつもりです。東京ディズニーランドへ向かうゲストが、東京ディズニーランドのオフィシャルスポンサーである日本通運のドライバーが「ディズニー方式で助かった」と言って頂くことこそが、私への対価であると考えます。(読売的エゴイズム容認主義者は「金のためにやるのか」と言うに決まっています)

冒頭の、野田首相の発言を聞き、見識を疑ってしまいますが、松下政経塾出身ですからそんなものです。私が在任中には、私たちに対し「教えて欲しい」と来訪した松下政経塾関係者は一人もいないことをつけ加えておきます。

日本には、解体的出直しが必要な組織がいくつもあります。一つは暴力団より怖い組織である読売新聞であり、もう一つは諸悪の根源の「ザ、自民党」です。そして三つ目は松下政経塾です。

中村党は、桓武平家の血を受け継ぐ武家集団でした。桓武平家とは第50代の桓武天皇の血を受け継ぐという意味でもあります。

中村党を知れば日本人の歴史認識が変わる、自信を持ってそう言えるようになりました。
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2012年12月03日

「営業再開」という認識についてどのように思われますか?


<引用開始>
同社幹部は同日、名古屋市の本社で開かれた記者会見で「年内の再開も確約できないのが実情だ」と話した。
 同社は、崩落した天井板の撤去が終わり次第、トンネル内の安全点検を始める予定だが、点検だけでも1週間程度かかる見込み。営業再開については「点検結果を見てから判断したい」と慎重な姿勢を示している。
<引用終了>
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/121203/dst12120318090031-n1.htm

私たちの父母、先祖が造り上げてきた道路・・・この会社はまるで自分たちのもののように考えている。

年末年始、おばあちゃん、おじいちゃんが待つ故郷へ向かう人たちのことなどどうでもいい、すべては「営業第一」・・・

悲しみを通り越して「私の力でこの問題を解決したい」と決意するに至りました。

中村党は、命をかけて闘う「問題解決党」です。
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ドリーム党から中村党へ 832年の時空を超えて


時空time and space 時間と空間

入間市博物館ホームページが示す狭山茶の歴史はこういうことです。

◇茶祖栄西禅師が鎌倉時代初期に茶を中国「宋」から仕入れた。
(それから約150年後)

◇南北朝時代の書物に河越茶が登場する。
(それから約450年後)

◇戦乱によって荒廃した茶産地を江戸時代後期(1800年代初め)に吉川氏などが努力して復興した。

あたかも、江戸時代後期まで狭山の地では「茶」の生産が行われていなかったかのような狭山茶の歴史認識ですが、お茶の「伊藤園」のホームページには以下のような記載があります。

<引用開始>
南北朝時代の『異制庭訓往来(いせいていきんおうらい)』(虎関師錬=こかんしれん 著)には、当時の名茶産地が記されています。京都各地および大和、伊賀、伊勢、駿河、武蔵では、寺院、寺領の茶園を中心に茶栽培が行われるようになりました。さらに、お茶栽培の北限といわれる茨城の奥久慈のお茶も14世紀に始まったといわれています。
<引用終了>
http://ocha.tv/history/japanese_tea_history/

新しい発見です。
一つは、天領の茶園を中心に茶栽培が行われるようになったこと、もう一つは天領狭山の地より茨城100キロも北にある奥久慈(緯度は日光市とほぼ同じ)で1300年代にお茶栽培が始まったということです。「おーい お茶」の伊藤園です。確かな情報に基づいているものと考えます。

この情報が何を示しているのでしょうか。天領狭山の地の名望家、中村家のお茶づくりは1200年代に始まったことが確実であることを示しているということです。

私は、埼玉県議会に提出する請願書を書き終わりました。内容は、「いにしえの狭山禅茶」に関してのものです。決して中村家のお茶をPRするような、我田引水の内容ではありません。狭山茶は「狭山禅茶」と、「狭山煎茶」にわかれ、私たち牟佐志の国に暮ら人々は鎌倉時代から茶の文化を有していたという、美しい歴史を共有したいというものです。

詳細は請願書提出後にここに記します。

その中村家のルーツはここに記した通り、あのおごった平家ですが、平宗平(たいらのそうへい)が、中村宗平(荘司)を名乗り、その子どもや孫たちは源頼朝に忠誠を尽くし戦いましたが、石橋山の戦いで中村本流の血は途切れたようです。

その後、明治を迎えるまでの間、相模中村氏の名前は歴史に登場しません。

しかし、です。天領元狭山村の初代村長は私の曽祖父の中村為一郎です。歴史には継続性があることは誰もが自分の事を考えてみれば分かることです。
偽物もあるでしょうが、受け継いでいる家紋を見れば、自分の家系を知ることもできる可能性もあります。(もちろん、知ったからと言って何のメリットも感じない人は多いでしょうが)

藤がつく名字、例えば加藤、佐藤さんの家紋は、公家四家の一つである藤原氏の「藤」の家紋でしょう。二本木の寿昌寺には、武士の家系である栗原家の代々の墓がありますが、家紋は「もっこう」であり、織田家の紋章と同じです。

私が言いたいことは、今の私を含めた中村に特別な価値があると言いたいのではなく、すべての人の祖先には存在価値があったということを言いたいのです。簡単に言えば、今、私が存在するのは身分や家系の違いに関係なく、駅伝走者のように、たすきをつないできた祖先があったからのことだと言いたいのです。

多くの中村党の面々は、1180年の石橋山の戦いに討ち死にしました。中村党は1180年に消滅したと考えられます。

それから2012年の今日まで、中村のたすきはつながれてきました。私にも二人の子どもがいますが、しっかりと中村のたすきをつないだと、先祖に報告したいと思います。

そして今日、中村党が忠誠を尽くした源頼朝の建国の高貴なる理念は失われ、まるで日本人ではないかのような「日本人」が、地獄絵巻のような日本社会にしてしまいました。

私のモットーは、「絶対できないと、絶対に言わない」です。来年の夏には、参議院選挙のみならず、衆議院選挙も重なるかもしれません。誰もが「絶対できない」と言うことに対してチャレンジしてゆく所存です。

いにしえの中村党は、主君源頼朝に忠誠を尽くしました。それから832年後の平成の中村党は、菅直人、伸子というミスター&ミセスに忠誠を尽くしたいと考えています。




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2012年12月02日

笹子トンネル崩落事故と猪瀬直樹都知事候補の関係


私は、昨年の都知事選には立候補表明したが、今回は見送るとこのブログに書いた。

2012年10月25日
石原都知事辞任に関する報道を受けて

私は、昨年の2月25日に、都庁のプレスルームで立候補表明記者会見を行った。

今回はどうするか、前回のように天命が下っておらず、立候補表明することはないと考えている。

昨年の記者会見では、ニュージーランド地震後でもあり、震災対策をメインテーマに掲げた。八ッ場ダムに水を蓄えるのではなく、東京都備蓄材を蓄えよと主張した。

会見から2週間後に東日本大震災が発生した。
http://dream333.seesaa.net/article/298977777.html

このようにも記した。

石原知事は、猪瀬副知事を後継にしたいようであるが、私は、彼が関わった道路公団民営化の頃からいわば「アンチ猪瀬」である。

今回の崩落事故の責任は誰が取るのか。猪瀬氏は、「道路公団民営化は失敗」という論者の主張に対し真っ向から反論した。

その内容は櫻井よし子氏のオフィシャルサイトをご覧いただきたいが、私は櫻井よし子氏とは別の視点から、道路公団民営化に反対していた。

2008.04.26 (土)
「猪瀬直樹氏の“大反論”に反論する,それでも道路公団改革は失敗」
http://yoshiko-sakurai.jp/2008/04/26/705

櫻井氏や猪瀬氏は、採算性という経済的な指標だけで道路公団民営化を論じているが、その視点そのものが間違いであることに気付いていない。

猪瀬氏の民営化論の根拠になっているのは、国鉄の民営化であることは言うまでもないだろう。

私の論理の出発点は、「道路は国民の公共財であり民営化は理不尽である」という考え方である。戦後の経済成長期に私たちの父親の世代、団塊の世代の勤労者は懸命に働き、税金を払ってきた。その税金で造り上げてきたのが全国の高速道路である。今日JRと呼ばれる「日本国有鉄道」である。

私の父親は54歳で亡くなったが、父親たちの世代の方々は、築き上げた公共財が「株式」を保有する資本家のものになっていく姿を見て何を思うのであろうか。

天国の父は、「取り戻せ」と言っている。

私は、鳥越俊太郎氏と電話で30分ほど話をしたことがあるが、鳥越氏が繰り返し述べられていたのは、民営化のような「アメリカからの要求」に従う政治の愚に関することであった。

私は、東京ディズニーランドでの仕事を通じて、「だまされない」能力を身につけた。東京ディズニーランドという「国」の運営も、日本の運営も幸福の創造という目的から見れば同じでなくてはならない。

しかしながら、両者には大人と子供程の運営能力の差がある。

道路公団民営化の隠された目的は、クレジット会社が儲かる仕組みをつくることであった。民主党が、高速道路の無料化を進めたが、アメリカが許すはずはなく、配下にある自民党を通じて横やりを入れられてつぶされてしまった。

猪瀬氏は、選挙演説などしている場合ではない。自身の責任をどう考えるかの説明責任を果たしてもらいたい。

最後に、2004年の9月18日の朝日新聞「声」に掲載された私の投稿文を示す。やはり「付けがまわってきた」のである。

「ETCの決済 カードは疑問」

高速道路の自動料金収受システム(ETC)利用の際、通行料金がクレジットカードによって行われることに理不尽さを感じる。
日本道路公団によると、ETCカードの発行は、通常のクレジットカードと同様にカード会社の審査があり、ETCカードが発行されることを確認してから車載器の準備をするように、とある。

確かに現状でも、多くの高速道路の料金支払いはクレジットカードで済ますことが可能だが、これは利用者の任意による支払い方法の選択であり、ETC普及の理念とは関係ない。

クレジットは「付け払い」である。滞納債務者が激増していると聞くが、小さな付け払いの集積が多重債務者を生み出すきっかけになっている。国民共有の財産である道路を利用するため、クレジット会社の審査を要求され、クレジットにより道路使用料を請求されるシステムが、国の政策として正しいのだろうか。

政府は日本国民の借金に対する感覚を麻痺(まひ)させないためにも、こうした問題に対しても全力で取り組むべきだ。国民は「後に付けがまわってきた」といくら悔やんでもその時はもう遅いのだ。


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2012年12月01日

「読売地獄」について論じなくてはならない時期にきている


11月28日に「オレがオレが」がチームを壊す、という記事を書きました。内容は表題の通りです。
そして、最後に以下のように記しました。

読売新聞社員に共通する価値観は「オレがオレが」である。そして今、乱立している政党の代表の価値観も「オレがオレが」である。

このままでは、日本というチームが壊れるであろう。そうならないように、私は読売的エゴイズム容認主義と闘っていきたい
<終了>
http://dream333.seesaa.net/archives/20121128-1.html


稲盛和夫著 「成功と失敗の法則」より 

<引用開始>
外見上は地獄と極楽はまったく同じだ。地獄には自分のことしか考えない利己的な人が住んでおり、極楽には思いやりにあふれた利他の心を持っている人が住んでいる。
<引用終了>

稲盛氏は、極楽と地獄を以下のように分け、論じています。

地獄とは
大きな釜の中で、美味しそうなうどんが湯気を立てて煮えている。
皆、腹を空かせているため、うどんを食べようと競って大釜に近付く。
ところがそこにある箸は、長さ1メートルもあって、上手く口に運べない。
皆我先に食べようと、狂った様に貪(むさぼ)る。
やがて喧嘩が起き、うどんは周囲に飛び散り、誰も食べることはできない。

極楽とは
同じ釜の周りに、腹を空かせた人が集まっている。
人々はうどんを長い箸でつまむと、釜の向こうの人に、「どうぞお先に召し上がれ」と差し出す。
するとその人は、「御馳走様でした。今度はあなたにお返しをさせて下さい」と、自分の箸でうどんをとって勧める。
こうして、すべての人が美味しいうどんを食べることができる。
<終了>

私は、3年半前の最後のパレード事件の際、取材もしないで私を「盗人」と全国報道をした読売新聞には思いやりがない、と繰り返し訴えましたが、読売新聞に情報操作された「世論」は「新聞社に思いやりなどいらない」というものでした。メディアは警察と同様に「正義」であり、悪者を排除するためには思いやりなどは不要という論調でした。

その後のことはここに記した通りです。私たち家族は分断され、私は今も脳の機能障害により精神科に通っています。実母にも会えない日々が続いています。

東日本大震災を体験した日本人は今でも当時と同様に、報道する側の読売新聞社には、報道される側の人間、家族への思いやりなどは不必要、報道される側に問題があり、すべてが「自己責任」と考えるのでしょうか。

私たち家族にとって、読売新聞の門間順平記者は、「地獄からの使者」であり「悪魔の手先」としか思えません。

同志社大学の浜矩子教授は、8月3日の毎日新聞にゲーテの「ファウスト」について記し、現在の日本人の思想に警鐘を鳴らしています。

<引用開始>
ファウスト物語の中核テーマは常に変わらない。それは「悪魔との契約」である。見果てぬ夢の甘い誘惑で、悪魔はファウストを破壊的な契約へと引きずり込んでいく。
 悪魔の使命は一つしかない。人間から魂を奪って地獄行きの片道列車に取り込むことだ。その使命を果たすべく、悪魔は人間の望みをむやむやたらにかなえてくれる。願望実現の大盤振る舞いと引き換えに、人間は魂を悪魔に売り渡してしまう。巨万の富。あふれる才能。輝かしきキャリア。素晴らしい恋。そして永遠の若さ。
<引用終了>

功名心(手柄を立てたいと思う心)にはやった門間順平記者と読売新聞社会部の面々は、悪魔に魂を売り渡したのです。悪魔に魂を売り払っても手に入れたいものは、「ディズニーランド」「ベストセラー本」「盗作」という「満塁ホームラン」という大スクープから得ることができる、自分たちへの金銭的評価の向上です。そのために、私たち家族を「読売新聞の『主』である悪魔への生贄(いけにえ)」にしたのです。

稲盛和夫氏の地獄のたとえ話でも、読売新聞社の社員なら、他の地獄の住人がゲットできないうどんをゲットするに違いありません。その理由は、読売新聞社はこのように社員教育しているに違いないからです。

「勝つためにはルールなど無視せよ。長い箸を折って短くすればいいだけのことだ。これが読売主義だ」

クリスマスが近づいてきました。最後に、映画「ディズニークリスマス・キャロル」のパンフレットに記された一文を再度紹介します。主人公のスクルージとは守銭奴の意味です。金になるスクープのためなら何でもする、そのような読売的生き方を戒めています。ぜひ、読売新聞社の社員はクリスマスのこの時期に、この映画を観て自分たちの生き方を悔い改めて欲しい、そう願って止みません。

この世はすべて自己責任。他人の情けや助けに頼るなんて甘ったれは通用しない。人生は他人を押しのけても前へ上へ進む競争だ。目標は成功、出世、具体的に言うと金だ。途中で立ち止まって弱いもの、負け組に情けなんか掛けていたら、絶対に勝ち組になれんぞ。
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小沢一郎の「いじめ」と長男の甚六


菅直人の今日の一言より

傀儡政党
テーマ:ブログ
  「 原発ゼロ」が、最大の争点になってきた。歓迎すべき事。日本維新の公約は支離滅裂。総理候補の石原代表が「原発維持」を鮮明にしている以上、維新は「原発維持派」だ。橋下市長は、そうでないというのなら、石原氏を切って代表に返り咲き、総選挙に出るべきだ。市長のまま、石原氏をコントロールし、「傀儡」で使えると考えているとしたら、大間違い。

  「未来」も小沢さん支配がはっきりしてきた。これでは嘉田さんは総選挙用の顔として利用されるだけ。小沢さんの「傀儡」で、政党のトップに据えられてうまくいった例は過去に一つもない。

  私自身、政党運営では苦労し、失敗も多かった。しかし、誰かの傀儡になった事はない。小沢流の政党運営は顔はだれかにやらせ、実権は握るというやり方。そして顔になった人を、しっかり支えず、気に入らないと電話に出なくなるなど、いじめ始めるというのも特徴だ。

  「傀儡」政党はうまくいかない。
http://ameblo.jp/n-kan-blog/entry-11416373782.html

かい‐らい【傀儡】
1 あやつり人形。くぐつ。でく。2 自分の意志や主義を表さず、他人の言いなりに動いて利用されている者。でくの坊。大辞泉より

世襲の政治家は長男が多い。私が子どもの頃には「長男の甚六 二男のきかん坊 末っ子の甘えん坊」ということわざに似た表現があった。

長男とは家を継ぐ総領のことである。つまり、長男の甚六とは総領の甚六を意味する。

総領の甚六とは「後継ぎの長男は、大切に育てられるので、お人好しで世間知らずのものが多い」という意味である。

世間知らずの人間は、必然的に「お仲間」の中だけで活動し、「井の中の蛙 大海を知らず」状態に陥る傾向が強くなる。

東京ディズニーランドが成功した理由は、まさにこの警句を尊重し、アトラクションなどの最小単位の運営組織が「サークル」にならないように指導監督したことにある。

なぜなら、東京ディズニーランドの運営組織は、大人数で構成されている。運営現場の理念や価値観が、「親分的」なものであってはならないからである。

私は2007年5月(原子力安全月間)に、福島第二原子力発電所の安全講習で以下の一文を紹介した。

阿吽の呼吸でやってゆける規模を超えた時、組織を動かす(運営)ノウハウがアメリカにはあった。それは緻密な計算と分析に基づいている。

小沢一郎の限界は、阿吽の呼吸が通じない相手と協働できないことであることが、菅直人前首相の一言から読みとれる。

ゴルフ名言より

ゴルフの最大のペナルティは
二度と誘ってもらえない事だ!
      三井 寿  60歳 長野県

ゴルフは時に素晴らしい友を
得る時もあるが
かけがいのない
友を失う事もある!
      張山英一  45歳 奈良県

政治家もゴルファーも同じである。目の前の敵と闘うのではなく、神から授かった自分の「良心」と闘うのである。このことを、政治家小沢一郎に伝えたい。
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2012年11月30日

パレスティナの「国家」への格上げを心から祝す


国連総会、パレスチナの「国家」格上げ決議を採択
<引用開始>
国連総会は29日、パレスチナの国連における地位を「オブザーバー国家」に引き上げる総会決議案を採択した。アッバス・パレスチナ自治政府議長と同議長が率いる穏健派ファタハにとって外交的な大勝利だ。
米国とイスラエルの反対にもかかわらず、過半数の国連加盟国はパレスチナを「オブザーバー国家」とする決議案に賛成した。これによってパレスチナは国連でバチカンと同じ地位になる。賛成は138カ国、反対9カ国、棄権41カ国だった。
<引用終了>
http://jp.wsj.com/World/Europe/node_556367

日本も賛成票を投じました。各国の国連大使の方々に最大限の敬意を表したいと思います。

私は、2008年12月〜1月のイスラエル軍がガザ地区を空爆した頃に、『最後のパレード〜ディズニーランドで本当にあった心温まる話』のコメントを執筆していました。

読売2ちゃんねらーによる私へのバッシングサイトが消滅したことを受け、悲劇のベストセラー本「最後のパレード」に掲載されたエピソードの一つと私のコメントを紹介することにします。


こんなにきれいな光

季節はお盆です。私は夜のパークをパトロールしていました。
盛大なファンファーレが鳴り響くと、東京ディズニーランド・エレクトリカルパレード・ドリームライツがはじまります。
光輝くディズニーのスターたちを乗せたフロートの一団が近づいていくと、パレードルート周辺にぱあっと活気と笑顔があふれました。それは私にとってはいつもの光景でした。
ふと見ると、80歳くらいのご婦人が前屈みになっていました。その背中をご主人がさすっています。トラブルか緊急事態か、と緊張してそばに駆け寄り「どうかなさいましたか? なにか困りですか?」とたずねると、ご婦人は涙をすすりながら「ごめんなさい」とおっしゃいました。
「戦争でひとり息子をなくした私たちは、いつもこの時期になると東京のお墓に会いにくるんです。その帰りに今日はじめてこちらにきて……わけもわからずみなさんと一緒に座っていたら、このパレードがはじまって。こんなにきれいな光のパレードを見られて感激したんです。戦争中は毎晩、毎晩、電気を消して、じーっと息をひそめていたんですもの。日本は平和になったんだなって思ったら急に涙が止まらなくなって」
息子と一緒に見たかった、と最後にぽつりと言いました。
平和なのが普通だと思っていた私にとっては衝撃の言葉でした。
その夜、ふたたびこのご夫婦を見かけました。
笑顔で、お城を仲良く見上げるお二人のシルエットが花火に浮かび上がっていました。



このエピソードは何回読んでも泣いてしまいます。この日、ご夫婦はイッツ・ア・スモール・ワールドもご利用になられたのかもしれません。イッツ・ア・スモール・ワールドは国際機関ユニセフの要請で1964年のニューヨーク博覧会に出展されたもので、世界中の子どもたちの人形が「人類の調和と世界の平和の歌」を歌っています。私が大好きなアトラクションの一つです。



繰り返しますが、私はイスラエル軍のパレスティナへの「無差別爆撃」が行われているまさにその時に、このコメントを記しました。それから、数ヶ月後、読売新聞に「最後のパレード」の広告を出稿している「当方」をステークホルダー(利害関係者と訳されますが、TDLのオフィシャルスポンサーのようなビジネスコラボレーターと解釈した方が良い関係が保たれると考えます)とは考えず、読売新聞社はビジネス上の思惑からだけで、このエピソード集を「攻撃ターゲット」と位置付け、葬り去りました。

さらに、です。世界の子どもたちの命を救いたいと、印税から私は初版分だけで約100万円を、2009年の4月30日に日本ユニセフに寄付することができました。ちょうどその日は、「小さな親切」運動本部が文部科学省記者クラブ会見室で記者会見を行い、本の販売中止や書店からの回収、謝罪文の新聞各紙への掲載等を求めたその日です。(最後のパレードには、本書の売上の3%は(財)日本ユニセフ協会に寄付されます。」と明記されています。したがって、購入者は3%、一冊約38円、販売部数30万部として1,134万円が日本ユニセフ協会に寄付されたと考えて当然ですが、実際は1円も寄付されていません。すべて、サンクチュアリ出版が「ネコババ」している状態です)

小さな親切運動本部の記者会見報道
http://news.livedoor.com/article/detail/4155774/

根拠なく人を裁くこの偽善団体には「小さな親切、大きないじめ推進団体」という称号を贈りたいと思います。

もう一つ偽善団体があります。同様に根拠なく「子どもたちの命を救うために寄付された100万円」を私に送り返した日本ユニセフ協会です。寄付金を送り返された人間がどれだけのショックを受けるかなど微塵も考慮しない、人間の心を持たない人たちの集団と私はその存在意義を疑います。

この両偽善団体の集団的私的制裁(集団リンチ)により、風評被害は一気に広まり、以後私は、坂道を転げ落ちるように、暗黒の世界へひきずり込まれていくことになりました。

その日本ユニセフ協会は、11月28日の朝日新聞に全面広告を打ち、「子どもたちの命を助けてください」と寄付を求めています。
「アフリカの一人の子どもの命」と「私の命」に軽重関係があるのでしょうか。
注目を集める貧しい子どもたちが、人として生き抜くための人権と、日本ユニセフ協会により貶められた私の人権に何か違いがあるのでしょうか。

日本ユニセフ協会は「読売新聞から盗人と報じられた人間には人権など不要」と考えていると理解していいのでしょうか。

私は、日本のユニセフ協会の偽善さを世界のユニセフ協会に訴えていくつもりです。

最後にもう一度言います。そして祈ります。

パレスティナの地に平安が訪れますように。
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石原慎太郎氏の本性を見た


本性をあらわす

化けの皮がはげる 地が出る ・ 地金が出る ・ ボロが出る ・ 馬脚を現す ・ メッキがはげる ・ 仮面を剥がされる ・ 正体が暴かれる ・ 尻が割れる ・ 暴露される ・ 本性をあらわす ・ シッポを出す ・ (体裁など)かなぐり捨てて
Weblio類語辞典より

今朝の朝日新聞より
<引用開始>
石原氏と異なる異論
連携を優先、「八策」を変遷

両氏の考えは公約の核心の部分で異なる。原発政策で石原氏は「人間が開発した技術体系を放り出すのは愚かだ」と推進持論だ。
<引用終了>

私はクリスチャンです。クリスチャンとは、教会に通い、聖書に学び、牧師の説教を聞き、その上でクリスチャンとしてふさわしいかを確認された後に洗礼(一度死んで神の子として生まれ変わる)を受けた者を意味します。その者だけが世界に通用する「洗礼証明書」を受け取ることができるのであって、教会に通っているからクリスチャンというわけではありません。

私は、地獄からの使者、読売新聞の門間順平記者に背後から突然切りつけられ、深手を負うとともに、谷底に突き落とされました。すべてを失い自死の直前にいた私を救ってくれたのがキリスト教でした。

私は、救いを求めました。救いとは、神が望む「本来の自分」「本当の自分」として生きていくために必要不可欠な神の「絶対の愛」のことです。

救われるとは、神の「絶対の愛」により、過去を悔い改め「ゼロ」にリセットすることが許されるということです。救われて「ゼロの自分」に戻れば、神が望む「本来の自分」「本当の自分」として、過去を忘れ、前だけを見て生きていくことができるのです。

キリスト教の三位一体の神(父なる神、母なる精霊、兄弟である主イエス・キリスト)に救いを求めた私は、教会から頂いた「パワー フォー リビング」に記された以下の文を読み、私の「読売地獄」体験から「その通りだ」と考え、クリスチャンとして生きていくことを決心した次第です。

<引用開始>
何年か前に、ある人が著書の中で、この地上で一番大切なことは、「一番になることを追い求めることだ」と言いました。この本の献辞のページでこの著者は「この本は、宇宙のどこかに、自分の人生を支配するのは唯一、自分たち自身だという文明が存在するという希望に捧げます」と書きました。
そのような場所があります。それは地獄と呼ばれています。地獄にいる人々は、自分たちの人生に対する所有権を主張する神様に永遠の別れを告げた人たちです。
<引用終了>

石原慎太郎氏の本性を見た、という表題で私が何を言いたいのか、賢明なる読者の皆さん(お世辞ではありません。激しく「後頭部を刺激」する過激な記事を、拒絶することなく毎日読んでくださる多くの読者の方々に敬意と感謝の念を抱いているからこそ、毎日ブログを更新できるのです)は、もうお判りでしょう。

そうです。石原慎太郎氏も「神さまに永遠の別れを告げた人たち」の一人であるということです。

私はクリスチャンですが、決して排他的ではありません。キリスト教も、仏教も、神教も、イスラム教も、すべての宗教は神と出会い、神とつながるための「心の中のソフトウエア」と考えています。

イメージ的には、「熊手」「レーキ」の枝分かれした部分が各宗教であり、一本化された先に天の神が存在する、そんな感じです。

富士山にもたとえることができます。富士山の頂上にある「世界」は、世界平和、心の平安といった「救われた自分」が求めるものが存在する「世界」です。その富士山の頂上へ登っていくにあたり、誰を「主」としてついていくか、その選択が宗教の違いです。私は善き羊飼いである、主イエス・キリストと共に頂上を目指すことを決意しました。イスラム教徒なら開祖の「ムハンマド」と共に頂上を目指す。宗教の違いとは、ただそれだけのことなのです。

私は講演で「出来事や言動は思想から生み出される」と話してきました。だから「正しい出来事(正しい仕事の成果)を得るためには、正しい思想が必要」と述べてきました。

思想とは、宗教(神と出会いつながる「祭りごと」)と哲学(ゆずることのできない「価値観」)のコラボレーション(協働すること)の成果物です。

私は、石原慎太郎氏はキリスト教や仏教などの宗教を理解している教養人であり、「能ある鷹は爪を隠す」人間であると勘ちがいしていました。「無知害」人間の一人でした。

アメリカ人と西洋人のキリスト教観は大きく異なりますが、真にキリスト教を理解している西洋人クリスチャンが、「人間が開発した(原発)技術体系を放り出すのは愚かだ」という発言を聞いたら、「やはり、日本人は野蛮だなあ」と思うに違いありません。

明日は、仏教的な見地とゲーテの「ファウスト」から「読売地獄」を論じてみたいと思います。
posted by S・C・ NAKAMURA at 12:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年11月29日

「こんなに変わった歴史教科書」にほんの少しだけ反論する


「こんなに変わった歴史教科書」山本博文/ほか著 新潮社/

<引用開始>
 江戸時代には「士農工商」という身分制度があり、差別があったが、明治維新で「四民平等」となり、近代国家になった――。
 これが歴史と思っている中高年が多いだろう。昭和の教科書にはそう書いてあったからだ。
 しかし、平成の教科書からは「士農工商」という記述は消えた。江戸時代の身分は固定されたものではなく、農民と町民の区分は曖昧で、移住も職業変更も可能だったことが分かってきたからだ。農民が武士に抜擢(ばってき)されることもあったのだ。
<引用終了>
http://www.yomiuri.co.jp/book/column/pocket/20121121-OYT8T00792.htm?from=yolsp

私も子供のころから「士農工商」を教えられ、カムイ伝に記されたような身分間の壮絶な闘いが繰り広げられてきた信じてきました。考え方が少しづつ変わってきたのは、スタジオジブリの映画「もののけ姫」を観てからです。

宮崎駿監督は映画「もののけ姫」のパンフレットのなかで以下のように語っています。
「最近の歴史学、民俗学、考古学によって一般に流布されているイメージより、この国はずっと豊かで多様な歴史を持っていたことが判っている。」
「武士と百姓の区別は定かでなく、女達も職人尽くしの絵にあるように、より大らかに自由であった。」
「タタラ者と呼ばれた製鉄集団の、技術者、労務者、鍛冶、砂鉄採り、炭焼き。馬宿あるいは牛飼いの運送人達。彼らは武装もし、工場制手工業ともいえる独自の組織をつくりあげている。」
http://dream333.seesaa.net/article/276175926.html?1340850551

「農民が武士に抜擢されることもあったのだ。」とこの本は書いているようです。間違いではありませんが、いつの時代のことか読んでみないとわかりません。

それでも、確実に指摘できる間違いが隠されています。

ウィキペディアより
武士
<引用開始>
武士(ぶし)は、10世紀から19世紀にかけての日本に存在し、戦闘を本分とするとされた、宗家の主人を頂点とした家族共同体の成員である

武士と武官の違い
簡単に言えば、武官は「官人として武装しており、律令官制の中で訓練を受けた常勤の公務員的存在」であるのに対して、武士は「10世紀に成立した新式の武芸を家芸とし、武装を朝廷や国衙から公認された『下級貴族』、『下級官人』、『有力者の家人』からなる人々」であって、律令官制の訓練機構で律令制式の武芸を身につけた者ではなかった。ただし、官人として武に携わることを本分とした武装集団ではあった。
<引用終了>
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AD%A6%E5%A3%AB

10世紀とは900年代のことです。壇ノ浦での源平の戦いは1185年であり、後に鎌倉幕府が創設されました。

平家の名を捨てて「中村」を名乗った相模の中村氏は源頼朝に忠誠を尽くし、鎌倉幕府の創設に貢献した中村氏は、後に関東の国造りに関わるようになります。一般的には「在庁官人」と呼ばれる公務員として活躍しますが、一方で「武家」としての存在感も示しつづけます。

NHKの大河ドラマ的な「武家」ではなく、地方(京都を中央とする)の「武家」を束ねる「武家」として、「影武者的公務員」の役割を演じていたのだと中村史や狭山茶史を研究した私は結論づけています

「農民が武士に抜擢されることもあったのだ。」ではなく、鎌倉時代以降は、「武士」が農民になったり、タタラ場での職人になったりしたのだと考えられます。なぜならば、「武士」だけでは食べていけないからです。鎌倉時代の150年間、室町時代の237年間、一時期を除いて「武士」が活躍するような状況ではなかったはずです。

戦国時代を経て、徳川時代になり、さらに「武士」や「武家」は、庶民生活に溶け込んでいくようになります。

入間市二本木の寿昌寺には、江戸時代初期からの村人の墓がありますが、徳川、織田、豊臣の家紋を受け継いだ「武家」のものとしか思えない墓が整然と並んでいます。

そして、この者たちは江戸時代の二本木村を興隆させました。何回も同じ資料を提示して恐縮ですが、日本の江戸時代の農村は、極めて高尚な運営が行われているところも少なくなかったということをぜひ理解してください。

入間史誌より
◇ 市域は品川県から韮山県に転属されたが、これにともない行政事務も引き継がれた。二本木村では、明治2年8月に「御請書連印帳」を韮山県に提出した。これは品川県から韮山県に支配が変わったが、五人組帳の掟を堅く厳守し、親子兄弟夫婦をはじめ諸親類が相親しくし、また下人を憐れみ、農業を怠らず、全ての面で分限を守り、年貢も滞りなく納付することを誓約したもので韮山県の支配に忠誠を誓うものであった。

◇ 下段記載の五人組帳
庶民の隣保組織として江戸時代に組織された五人組が遵守すべき法規を記載し、追判帳簿、御法度書あるいは御請書ともいう。五人組帳は前書と請書とからなる。全書に町村役人と五人組が連名連判を加え、一つは領主に提出し、もう一つは町村に保管した。

江戸時代には「士農工商」という身分制度があり、差別があったが、明治維新で「四民平等」となり、近代国家になった

この文から「誰がそうした」を読みとると、「英米諸国が」という「主語」が見えてきます。

我々がそうしてやったんだ、ということが明治維新以降の「論理の出発点」になってしまったことが、日本を太平洋戦争に導いた、私はそう考えています。
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2012年11月28日

「オレがオレが」がチームを壊す


元西武ライオンズの名将、森祇晶元監督の名言である。

ウィキペディアより
<引用開始>
森 祇晶(もり まさあき、1937年1月9日 - )は、大阪府豊中市生まれ、岐阜県岐阜市出身のプロ野球選手(捕手)・指導者・監督、野球解説者。本名「森 昌彦」(もり まさひこ)。現在はハワイ在住。
読売ジャイアンツ(巨人)V9時代の正捕手。「V9の頭脳」の異名を取った。引退後はヤクルト、西武、横浜のコーチ、監督を歴任した。西武監督時代は在任9年間でチームを8度のリーグ優勝、6度の日本一に導いた。
<引用終了>
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A3%AE%E7%A5%87%E6%99%B6

おごり高ぶる読売新聞社の記者は、この日本は読売巨人軍(軍・・・安倍自民党総裁が創設するという戦闘軍団「国防軍」を連想させる)以外は野球ファンではない、と今から30年前頃は、そう考えていたに違いない。

私は、ダーティ江川事件以来、ジャイアンツファンからアンチジャイアンツになった。
今から30年前、オリエンタルランドに入社したが、オリエンタルランドは千葉県にある。ミスターという記号を背負わされた長島茂雄氏は、千葉県の佐倉市出身であり、オリエンタルランドの社員のほとんどがジャイアンツファンであった。

西武ライオンうファンなどほとんどいなかった。もちろん、オリエンタルランドの社員は紳士淑女がほとんどであり、単純に野球のことと割り切ってはいたが、日本シリーズで巨人と西武が対戦した時は、何か異常な(良い意味での)盛り上がりを感じたものである。

私は、西武ライオンズ球場で、ライオンズの優勝を何回も目にしてきた。監督が藤田監督の時と記憶しているが、巨人に4連勝を果たしたその日もライオンズ球場にいた。

次の日には、意地悪して巨人ファンの同僚の机の上に「ライオンズ4連勝で日本一」を大々的に報じる新聞記事を置いた記憶がある。

今思うと、あの頃のライオンズは森監督の「オレがオレが」がチームを壊すという警句をしっかり守り、「フォア ザ チーム」に徹していたと思える。当時は、サッカー人気は高くなかった。
今、なでしこジャパンが「ワタシがワタシが」であったらどうだろうか。ワールドカップで優勝していたであろうか。

夏休みの企画、西武ライオンズ球場での「親子キャッチボール」で、当時東村山市の少年野球チームに所属していた「娘」と人工芝のグラウンドでキャッチボールをしたことがきのうのことのようによみがえる。

そのような、私たち家族のささやかな幸せを読売新聞社はこなごなに打ち砕いた。今は、キャッチボールをした娘にも会えない。

読売新聞社員に共通する価値観は「オレがオレが」である。そして今、乱立している政党の代表の価値観も「オレがオレが」である。

このままでは、日本というチームが壊れるであろう。そうならないように、私は読売的エゴイズム容認主義と闘っていきたい
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世界から注目されている日本の総選挙の行方


大前研一氏の著書には、日本経済新聞を読むと経済がわからなくなると書かれていますが、その通りなのです。

2003年のTDL20周年の記念日に、日経新聞は社説に「成功の理由はQC(品質管理)活動であり、TDLの接客態度の良さの背景になっている」という、とんでもないデタラメ記事を書きました。日経新聞の記者を、その後10年間に出版された「ディズニー本」をすべて読みなさい、と叱責したいと思います。QC活動という用語が記載された本が一冊でもあるでしょうか。
来年の4月15日に、訂正と謝罪記事を掲載するよう要求したいと思います。

その日経新聞の今日の社説です。

日韓の未来を占う大統領選
<引用開始>
 日韓はともに主要な貿易相手国で、北朝鮮の核問題など安全保障分野でも協力すべき隣国だ。領土や歴史問題の解決は容易ではないが、経済や安保協力の厚みを増すことで、対立の比重を小さくすることは可能だろう。両候補とも改めて肝に銘じてもらいたい。
<引用終了>
http://www.nikkei.com/article/DGXDZO48897320Y2A121C1EA1000/

デタラメ記事でなければ、ビジネス上の思惑から何を主張しようが自由です。

問題は、韓国の大統領選と同時期に日本のトップを決める選挙が行われることを複眼的にみることができていないことです。日本の総選挙の争点を経済問題にしたいのでしょうが、日経新聞はじめ、すべての新聞やジャーナリストは、日本人が世界から試されているという認識に欠けていると言っても過言ではありません。

過去、日本の新聞はドイツの緑の党が躍進し、2001年に改正原子力法を成立させたことを大々的に報じました。その延長線上に現在のドイツの原発ゼロ政策があるのですが、日本の新聞やジャーナリストは、来月16日に投開票される衆議院選挙の行方に世界各国の指導者が注目していることに全く気付いていません。

日本で繰り広げられている政党の離合集散は、ドイツのように原発ゼロにするのかしないのかを明示しない安倍自民党と、理念もビジョンもない第三極とか呼ばれる人たちの「イス取りゲーム」でしかなく、本当にその政治レベルと報道レベルの低さにあきれ返ります。

なぜ、日本人は世界から相手にされないのかを理解している政治家が、どれだけいるとお思いでしょうか。私には「ほんの一握り」に思えます。

衝撃的な事実を記しましょう。

聖書の論理が世界を動かす 新潮新書 鹿島春平太
<引用開始>
「博愛や慈愛が身近なところから始まるように、インターナショナル・マインドはナショナルマインド(武士道)の延長である」
これは彼の「武士道」の中の一節で、細川首相が国連演説で引用したとして話題になったものです。してやったりと悦に入る人も少なくないでしょうが、西洋人はこれを聞けば「ああやはり日本人だなあ」とおもうだけのことなのです。彼らが日本人を真の仲間だと思うのは「まず無限の神があって、イエスがあり、世界が創り出され、日本があり、その中に我がある」という言葉を聞いたときからでしょう。
<引用終了>

彼とはもちろんお札にもなった新渡戸稲造のことです。「武士道」を著したクリスチャンの彼でさえも、西洋人の物の見方、考え方が理解できていないのです。

何を理解できていないのでしょうか。それは私がこのブログに度々記している「根幹をなす思想」であるべきマクロ思想です。夜間飛行のパイロットが、自機が目的地に正しく向かっているのかをGPSによって知るように、神という「絶対」から「ナショナルマインド」を位置付けなくては、西洋人からは、ただのエゴイストの集団としかみられないのです。

だいぶ整理できてきましたので、後日日本人のナショナリズムについて記したいと思います。
なぜ、日本人は天皇陛下万歳と言いながら死んでかなくてはならなかったのか、なぜ、安倍総裁は、民主党や西洋の考え方の基本である「子どもは社会が育てる」を否定し、「子どもは家庭(父母)が育てる」と言うのか、なぜ、西洋には無い陰湿ないじめが日本に存在するのか、などの疑問 ― おそらくこれらの「日本人の疑問」を解き明かした日本人はいない ― の解決の糸口を提示したいと思います。

最後にもう一度言います。
ジャーナリストの皆さん、地球市民が共有する地球の一部を放射能汚染させた日本人の選択を世界中が注目しているのです。小沢一郎氏はじめ、政治家は「天下国家を語る」と言いますが、「国家」の前に「天下(世界)」があることを思想の大前提にしなくてはならないということを、声を大にして申し上げたいと思います。
posted by S・C・ NAKAMURA at 11:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年11月27日

「先生、真面目と本気は違うんだよ」に若き日の自分を思い出す


数日前の東京新聞「筆洗」に記された言葉です。

いじめを受けている子どもは、先生の本気度を見抜いているんだよ、ということを言い表した、大人にとっては強烈すぎる一言です。

この言葉を聞いて、子供の頃の自分に対する大人たちの本気度を改めて思い起こしました。

中学生の頃、私を含めた多くの男子生徒達が、女子生徒をいじめたという理由で、女性教員から「ビンタ」を受けました。その時の先生の顔を今でも覚えているような気がします。先生の顔は「本気度」に満ちていました。

高校時代の担任の先生(当時の中大付属高校は3年間同クラス、同担任制度でした)は、もちろん体罰など加えませんでしたが、私たち生徒を成長させる「本気度100%」の熱血漢でした。先生とは卒業後も、先生が亡くなるまで親交を持たせて頂きました。

そして、私は旅行会社を経て、東京ディズニーランドの運営に携わるようになりました。

セキュリティ部門から、パーク運営部門に異動になり、同僚のスーパーバイザーが私に伝えた、たった一言が今でも忘れられません。それは「キャストはスーパーバイザーの本気度を見抜いている」という一言です。なめられる、なめられないなどという低レベルの次元ではありません。キャストを育て、指導することにより本家アメリカのディズニーランドのサービスレベルに追いつけ、追い越せという極めて高レベルな闘いに挑んでいるんだという、熱い、熱いメッセージでした。

ディズニーランド時代のことをこれ以上書きませんが、会社にしろ、教育現場にしろ、あらゆる場所では「本気度」こそが問題を解決し、成功を成し遂げるということは間違いありません。

最後に、退職時に私がオリエンタルランドの仲間たちに残してきた言葉を記しておきます。

私とディズニー
◇ディズニーは「最高のもの」である。最高のものは、普通のものよりずっと良い事を教えてくれる。
◇ディズニーには「ただのすごいもの」ではなく、「めちゃくちゃすごいもの」であるという強い思い入れがある。
◇ディズニーでは、誰もが尊敬に値する、刺激的で意欲をかきたてられる仲間との「最高レベルの競争」に参加することになる。それは自分がどれだけできるかという、自分自身との戦いである。
◇ディズニーで働き続けられたのは、自分たちが本当に重要なもの、桁外れに偉大なものの一部になっているからと感じていたからである。
さようなら・・・

posted by S・C・ NAKAMURA at 17:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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