2013年01月04日

正月の次は小正月


天領の地旧元狭山村では、神聖なまゆ玉行事以外に、子どもたちだけにある小正月の「しきたり」を行うことが許されていました。それは、たとえば柿の木に対し「なーるか なんねーか」と声を掛けることだったようです。時間は14日の早朝だったようです。

なぜ、こんな風習が残っていたのでしょうか。ヒントはやはり、「和」の国です。小正月とは、中国の陰暦による正月です。鎌倉幕府は当然、日本国が、オリジナル日本人と韓国や中国からの渡来人で構成されていることを知っていました。

昭和の時代になっても鎌倉文化を色濃く残す元狭山村では、公式には「大正月」に反する風習はオフリミットされてきましたが、それでも子どもたちへの「和」の精神の教育に、中国から入ってきた植物が活用されていたのでしょうか。

もちろん、正解は分かりませんが、戦争を除く歴史は美しいものと考えた方が、人生は楽しくなると考えますが、いかがでしょうか。
posted by S・C・ NAKAMURA at 18:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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