2012年12月27日

ギョーザの話をしよう


ギョーザといっても、一般的な焼き餃子とは大きく異なります。水ギョーザですが、スーパーマーケットで売っている、あるいは、ネット上で紹介されている水餃子とも違います。

その正体は、ホワイト餃子です。

ホワイト餃子
http://white-gyouza.co.jp/cook/steam.html

今日は久しぶりに季節風が止んだので、少し足をのばし、埼玉日高店に行ってきました。私は、本格的な水ギョーザには目がありません。数年前には、東京農大の関係者と都内で「本格」水ギョーザパーティを行い、ギョーザ論議に花を咲かせました。

なぜ、「本格」水ギョーザなのでしょうか。明確な理由があります。それは、戦時中に満州の家庭料理を学んできた人たちだけが伝搬した食文化だということです。一言で言えば「オリジナル」なのです。

私の父は、第二次世界大戦を満州で戦いました。終戦時は弱冠23歳でしたが、「陸軍軍曹」の地位が与えられています。私が21歳の時亡くなった父は戦争の話をあまりしませんでしたが、「中国人女性は、日本人軍人にやさしかった」とは語っていました。

映画で見る戦争と違い、日本が近代化した満州では、休みの日には街へ出て現地の人と交わることができたのかもしれません。

そんなことを考えながら、ホワイト餃子を頂きました。自分でつくったり、妻がつくってくれたり、満州生まれの農大関係者がつくってくれたりした水ギョーザに近いものであることに驚きました。とても美味しかったです。そして、店側に聞いてみました。ルーツはどこですか、と。

創業者は、満州で学んだギョーザを商品化したことが分かりました。

ホワイト餃子の本店は千葉県の野田にあります。創業者のご子息であられる水谷社長に聞いてみました。創業者はハルピンで通訳という公的な仕事をされていたそうで、私の父と同様に現地の方から「本格」水ギョーザの作り方を学んだそうです。

私の実家には、「本格」水ギョーザが伝わっています。おそらく、満州で水ギョーザの作り方を学んだ人は相当数いると思いますが、敗戦という状況の中で当時「本格」水ギョーザをビジネスにする人は皆無だったのでしょう。

その意味では、ホワイト餃子の店舗展開には特別な価値があると思います。なぜなら、創業者の、オリジナルを食して欲しいという強い歴史的「思い」を感じるからです。

私の娘たちにも、オリジナルの水ギョーザを食べさせました。すこぶる好評でした。もう一度だけ、家族でギョーザパーティができる日が来ることを祈ります。
posted by S・C・ NAKAMURA at 17:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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