2012年11月30日

パレスティナの「国家」への格上げを心から祝す


国連総会、パレスチナの「国家」格上げ決議を採択
<引用開始>
国連総会は29日、パレスチナの国連における地位を「オブザーバー国家」に引き上げる総会決議案を採択した。アッバス・パレスチナ自治政府議長と同議長が率いる穏健派ファタハにとって外交的な大勝利だ。
米国とイスラエルの反対にもかかわらず、過半数の国連加盟国はパレスチナを「オブザーバー国家」とする決議案に賛成した。これによってパレスチナは国連でバチカンと同じ地位になる。賛成は138カ国、反対9カ国、棄権41カ国だった。
<引用終了>
http://jp.wsj.com/World/Europe/node_556367

日本も賛成票を投じました。各国の国連大使の方々に最大限の敬意を表したいと思います。

私は、2008年12月〜1月のイスラエル軍がガザ地区を空爆した頃に、『最後のパレード〜ディズニーランドで本当にあった心温まる話』のコメントを執筆していました。

読売2ちゃんねらーによる私へのバッシングサイトが消滅したことを受け、悲劇のベストセラー本「最後のパレード」に掲載されたエピソードの一つと私のコメントを紹介することにします。


こんなにきれいな光

季節はお盆です。私は夜のパークをパトロールしていました。
盛大なファンファーレが鳴り響くと、東京ディズニーランド・エレクトリカルパレード・ドリームライツがはじまります。
光輝くディズニーのスターたちを乗せたフロートの一団が近づいていくと、パレードルート周辺にぱあっと活気と笑顔があふれました。それは私にとってはいつもの光景でした。
ふと見ると、80歳くらいのご婦人が前屈みになっていました。その背中をご主人がさすっています。トラブルか緊急事態か、と緊張してそばに駆け寄り「どうかなさいましたか? なにか困りですか?」とたずねると、ご婦人は涙をすすりながら「ごめんなさい」とおっしゃいました。
「戦争でひとり息子をなくした私たちは、いつもこの時期になると東京のお墓に会いにくるんです。その帰りに今日はじめてこちらにきて……わけもわからずみなさんと一緒に座っていたら、このパレードがはじまって。こんなにきれいな光のパレードを見られて感激したんです。戦争中は毎晩、毎晩、電気を消して、じーっと息をひそめていたんですもの。日本は平和になったんだなって思ったら急に涙が止まらなくなって」
息子と一緒に見たかった、と最後にぽつりと言いました。
平和なのが普通だと思っていた私にとっては衝撃の言葉でした。
その夜、ふたたびこのご夫婦を見かけました。
笑顔で、お城を仲良く見上げるお二人のシルエットが花火に浮かび上がっていました。



このエピソードは何回読んでも泣いてしまいます。この日、ご夫婦はイッツ・ア・スモール・ワールドもご利用になられたのかもしれません。イッツ・ア・スモール・ワールドは国際機関ユニセフの要請で1964年のニューヨーク博覧会に出展されたもので、世界中の子どもたちの人形が「人類の調和と世界の平和の歌」を歌っています。私が大好きなアトラクションの一つです。



繰り返しますが、私はイスラエル軍のパレスティナへの「無差別爆撃」が行われているまさにその時に、このコメントを記しました。それから、数ヶ月後、読売新聞に「最後のパレード」の広告を出稿している「当方」をステークホルダー(利害関係者と訳されますが、TDLのオフィシャルスポンサーのようなビジネスコラボレーターと解釈した方が良い関係が保たれると考えます)とは考えず、読売新聞社はビジネス上の思惑からだけで、このエピソード集を「攻撃ターゲット」と位置付け、葬り去りました。

さらに、です。世界の子どもたちの命を救いたいと、印税から私は初版分だけで約100万円を、2009年の4月30日に日本ユニセフに寄付することができました。ちょうどその日は、「小さな親切」運動本部が文部科学省記者クラブ会見室で記者会見を行い、本の販売中止や書店からの回収、謝罪文の新聞各紙への掲載等を求めたその日です。(最後のパレードには、本書の売上の3%は(財)日本ユニセフ協会に寄付されます。」と明記されています。したがって、購入者は3%、一冊約38円、販売部数30万部として1,134万円が日本ユニセフ協会に寄付されたと考えて当然ですが、実際は1円も寄付されていません。すべて、サンクチュアリ出版が「ネコババ」している状態です)

小さな親切運動本部の記者会見報道
http://news.livedoor.com/article/detail/4155774/

根拠なく人を裁くこの偽善団体には「小さな親切、大きないじめ推進団体」という称号を贈りたいと思います。

もう一つ偽善団体があります。同様に根拠なく「子どもたちの命を救うために寄付された100万円」を私に送り返した日本ユニセフ協会です。寄付金を送り返された人間がどれだけのショックを受けるかなど微塵も考慮しない、人間の心を持たない人たちの集団と私はその存在意義を疑います。

この両偽善団体の集団的私的制裁(集団リンチ)により、風評被害は一気に広まり、以後私は、坂道を転げ落ちるように、暗黒の世界へひきずり込まれていくことになりました。

その日本ユニセフ協会は、11月28日の朝日新聞に全面広告を打ち、「子どもたちの命を助けてください」と寄付を求めています。
「アフリカの一人の子どもの命」と「私の命」に軽重関係があるのでしょうか。
注目を集める貧しい子どもたちが、人として生き抜くための人権と、日本ユニセフ協会により貶められた私の人権に何か違いがあるのでしょうか。

日本ユニセフ協会は「読売新聞から盗人と報じられた人間には人権など不要」と考えていると理解していいのでしょうか。

私は、日本のユニセフ協会の偽善さを世界のユニセフ協会に訴えていくつもりです。

最後にもう一度言います。そして祈ります。

パレスティナの地に平安が訪れますように。
posted by S・C・ NAKAMURA at 14:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

石原慎太郎氏の本性を見た


本性をあらわす

化けの皮がはげる 地が出る ・ 地金が出る ・ ボロが出る ・ 馬脚を現す ・ メッキがはげる ・ 仮面を剥がされる ・ 正体が暴かれる ・ 尻が割れる ・ 暴露される ・ 本性をあらわす ・ シッポを出す ・ (体裁など)かなぐり捨てて
Weblio類語辞典より

今朝の朝日新聞より
<引用開始>
石原氏と異なる異論
連携を優先、「八策」を変遷

両氏の考えは公約の核心の部分で異なる。原発政策で石原氏は「人間が開発した技術体系を放り出すのは愚かだ」と推進持論だ。
<引用終了>

私はクリスチャンです。クリスチャンとは、教会に通い、聖書に学び、牧師の説教を聞き、その上でクリスチャンとしてふさわしいかを確認された後に洗礼(一度死んで神の子として生まれ変わる)を受けた者を意味します。その者だけが世界に通用する「洗礼証明書」を受け取ることができるのであって、教会に通っているからクリスチャンというわけではありません。

私は、地獄からの使者、読売新聞の門間順平記者に背後から突然切りつけられ、深手を負うとともに、谷底に突き落とされました。すべてを失い自死の直前にいた私を救ってくれたのがキリスト教でした。

私は、救いを求めました。救いとは、神が望む「本来の自分」「本当の自分」として生きていくために必要不可欠な神の「絶対の愛」のことです。

救われるとは、神の「絶対の愛」により、過去を悔い改め「ゼロ」にリセットすることが許されるということです。救われて「ゼロの自分」に戻れば、神が望む「本来の自分」「本当の自分」として、過去を忘れ、前だけを見て生きていくことができるのです。

キリスト教の三位一体の神(父なる神、母なる精霊、兄弟である主イエス・キリスト)に救いを求めた私は、教会から頂いた「パワー フォー リビング」に記された以下の文を読み、私の「読売地獄」体験から「その通りだ」と考え、クリスチャンとして生きていくことを決心した次第です。

<引用開始>
何年か前に、ある人が著書の中で、この地上で一番大切なことは、「一番になることを追い求めることだ」と言いました。この本の献辞のページでこの著者は「この本は、宇宙のどこかに、自分の人生を支配するのは唯一、自分たち自身だという文明が存在するという希望に捧げます」と書きました。
そのような場所があります。それは地獄と呼ばれています。地獄にいる人々は、自分たちの人生に対する所有権を主張する神様に永遠の別れを告げた人たちです。
<引用終了>

石原慎太郎氏の本性を見た、という表題で私が何を言いたいのか、賢明なる読者の皆さん(お世辞ではありません。激しく「後頭部を刺激」する過激な記事を、拒絶することなく毎日読んでくださる多くの読者の方々に敬意と感謝の念を抱いているからこそ、毎日ブログを更新できるのです)は、もうお判りでしょう。

そうです。石原慎太郎氏も「神さまに永遠の別れを告げた人たち」の一人であるということです。

私はクリスチャンですが、決して排他的ではありません。キリスト教も、仏教も、神教も、イスラム教も、すべての宗教は神と出会い、神とつながるための「心の中のソフトウエア」と考えています。

イメージ的には、「熊手」「レーキ」の枝分かれした部分が各宗教であり、一本化された先に天の神が存在する、そんな感じです。

富士山にもたとえることができます。富士山の頂上にある「世界」は、世界平和、心の平安といった「救われた自分」が求めるものが存在する「世界」です。その富士山の頂上へ登っていくにあたり、誰を「主」としてついていくか、その選択が宗教の違いです。私は善き羊飼いである、主イエス・キリストと共に頂上を目指すことを決意しました。イスラム教徒なら開祖の「ムハンマド」と共に頂上を目指す。宗教の違いとは、ただそれだけのことなのです。

私は講演で「出来事や言動は思想から生み出される」と話してきました。だから「正しい出来事(正しい仕事の成果)を得るためには、正しい思想が必要」と述べてきました。

思想とは、宗教(神と出会いつながる「祭りごと」)と哲学(ゆずることのできない「価値観」)のコラボレーション(協働すること)の成果物です。

私は、石原慎太郎氏はキリスト教や仏教などの宗教を理解している教養人であり、「能ある鷹は爪を隠す」人間であると勘ちがいしていました。「無知害」人間の一人でした。

アメリカ人と西洋人のキリスト教観は大きく異なりますが、真にキリスト教を理解している西洋人クリスチャンが、「人間が開発した(原発)技術体系を放り出すのは愚かだ」という発言を聞いたら、「やはり、日本人は野蛮だなあ」と思うに違いありません。

明日は、仏教的な見地とゲーテの「ファウスト」から「読売地獄」を論じてみたいと思います。
posted by S・C・ NAKAMURA at 12:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年11月29日

「こんなに変わった歴史教科書」にほんの少しだけ反論する


「こんなに変わった歴史教科書」山本博文/ほか著 新潮社/

<引用開始>
 江戸時代には「士農工商」という身分制度があり、差別があったが、明治維新で「四民平等」となり、近代国家になった――。
 これが歴史と思っている中高年が多いだろう。昭和の教科書にはそう書いてあったからだ。
 しかし、平成の教科書からは「士農工商」という記述は消えた。江戸時代の身分は固定されたものではなく、農民と町民の区分は曖昧で、移住も職業変更も可能だったことが分かってきたからだ。農民が武士に抜擢(ばってき)されることもあったのだ。
<引用終了>
http://www.yomiuri.co.jp/book/column/pocket/20121121-OYT8T00792.htm?from=yolsp

私も子供のころから「士農工商」を教えられ、カムイ伝に記されたような身分間の壮絶な闘いが繰り広げられてきた信じてきました。考え方が少しづつ変わってきたのは、スタジオジブリの映画「もののけ姫」を観てからです。

宮崎駿監督は映画「もののけ姫」のパンフレットのなかで以下のように語っています。
「最近の歴史学、民俗学、考古学によって一般に流布されているイメージより、この国はずっと豊かで多様な歴史を持っていたことが判っている。」
「武士と百姓の区別は定かでなく、女達も職人尽くしの絵にあるように、より大らかに自由であった。」
「タタラ者と呼ばれた製鉄集団の、技術者、労務者、鍛冶、砂鉄採り、炭焼き。馬宿あるいは牛飼いの運送人達。彼らは武装もし、工場制手工業ともいえる独自の組織をつくりあげている。」
http://dream333.seesaa.net/article/276175926.html?1340850551

「農民が武士に抜擢されることもあったのだ。」とこの本は書いているようです。間違いではありませんが、いつの時代のことか読んでみないとわかりません。

それでも、確実に指摘できる間違いが隠されています。

ウィキペディアより
武士
<引用開始>
武士(ぶし)は、10世紀から19世紀にかけての日本に存在し、戦闘を本分とするとされた、宗家の主人を頂点とした家族共同体の成員である

武士と武官の違い
簡単に言えば、武官は「官人として武装しており、律令官制の中で訓練を受けた常勤の公務員的存在」であるのに対して、武士は「10世紀に成立した新式の武芸を家芸とし、武装を朝廷や国衙から公認された『下級貴族』、『下級官人』、『有力者の家人』からなる人々」であって、律令官制の訓練機構で律令制式の武芸を身につけた者ではなかった。ただし、官人として武に携わることを本分とした武装集団ではあった。
<引用終了>
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AD%A6%E5%A3%AB

10世紀とは900年代のことです。壇ノ浦での源平の戦いは1185年であり、後に鎌倉幕府が創設されました。

平家の名を捨てて「中村」を名乗った相模の中村氏は源頼朝に忠誠を尽くし、鎌倉幕府の創設に貢献した中村氏は、後に関東の国造りに関わるようになります。一般的には「在庁官人」と呼ばれる公務員として活躍しますが、一方で「武家」としての存在感も示しつづけます。

NHKの大河ドラマ的な「武家」ではなく、地方(京都を中央とする)の「武家」を束ねる「武家」として、「影武者的公務員」の役割を演じていたのだと中村史や狭山茶史を研究した私は結論づけています

「農民が武士に抜擢されることもあったのだ。」ではなく、鎌倉時代以降は、「武士」が農民になったり、タタラ場での職人になったりしたのだと考えられます。なぜならば、「武士」だけでは食べていけないからです。鎌倉時代の150年間、室町時代の237年間、一時期を除いて「武士」が活躍するような状況ではなかったはずです。

戦国時代を経て、徳川時代になり、さらに「武士」や「武家」は、庶民生活に溶け込んでいくようになります。

入間市二本木の寿昌寺には、江戸時代初期からの村人の墓がありますが、徳川、織田、豊臣の家紋を受け継いだ「武家」のものとしか思えない墓が整然と並んでいます。

そして、この者たちは江戸時代の二本木村を興隆させました。何回も同じ資料を提示して恐縮ですが、日本の江戸時代の農村は、極めて高尚な運営が行われているところも少なくなかったということをぜひ理解してください。

入間史誌より
◇ 市域は品川県から韮山県に転属されたが、これにともない行政事務も引き継がれた。二本木村では、明治2年8月に「御請書連印帳」を韮山県に提出した。これは品川県から韮山県に支配が変わったが、五人組帳の掟を堅く厳守し、親子兄弟夫婦をはじめ諸親類が相親しくし、また下人を憐れみ、農業を怠らず、全ての面で分限を守り、年貢も滞りなく納付することを誓約したもので韮山県の支配に忠誠を誓うものであった。

◇ 下段記載の五人組帳
庶民の隣保組織として江戸時代に組織された五人組が遵守すべき法規を記載し、追判帳簿、御法度書あるいは御請書ともいう。五人組帳は前書と請書とからなる。全書に町村役人と五人組が連名連判を加え、一つは領主に提出し、もう一つは町村に保管した。

江戸時代には「士農工商」という身分制度があり、差別があったが、明治維新で「四民平等」となり、近代国家になった

この文から「誰がそうした」を読みとると、「英米諸国が」という「主語」が見えてきます。

我々がそうしてやったんだ、ということが明治維新以降の「論理の出発点」になってしまったことが、日本を太平洋戦争に導いた、私はそう考えています。
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2012年11月28日

「オレがオレが」がチームを壊す


元西武ライオンズの名将、森祇晶元監督の名言である。

ウィキペディアより
<引用開始>
森 祇晶(もり まさあき、1937年1月9日 - )は、大阪府豊中市生まれ、岐阜県岐阜市出身のプロ野球選手(捕手)・指導者・監督、野球解説者。本名「森 昌彦」(もり まさひこ)。現在はハワイ在住。
読売ジャイアンツ(巨人)V9時代の正捕手。「V9の頭脳」の異名を取った。引退後はヤクルト、西武、横浜のコーチ、監督を歴任した。西武監督時代は在任9年間でチームを8度のリーグ優勝、6度の日本一に導いた。
<引用終了>
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A3%AE%E7%A5%87%E6%99%B6

おごり高ぶる読売新聞社の記者は、この日本は読売巨人軍(軍・・・安倍自民党総裁が創設するという戦闘軍団「国防軍」を連想させる)以外は野球ファンではない、と今から30年前頃は、そう考えていたに違いない。

私は、ダーティ江川事件以来、ジャイアンツファンからアンチジャイアンツになった。
今から30年前、オリエンタルランドに入社したが、オリエンタルランドは千葉県にある。ミスターという記号を背負わされた長島茂雄氏は、千葉県の佐倉市出身であり、オリエンタルランドの社員のほとんどがジャイアンツファンであった。

西武ライオンうファンなどほとんどいなかった。もちろん、オリエンタルランドの社員は紳士淑女がほとんどであり、単純に野球のことと割り切ってはいたが、日本シリーズで巨人と西武が対戦した時は、何か異常な(良い意味での)盛り上がりを感じたものである。

私は、西武ライオンズ球場で、ライオンズの優勝を何回も目にしてきた。監督が藤田監督の時と記憶しているが、巨人に4連勝を果たしたその日もライオンズ球場にいた。

次の日には、意地悪して巨人ファンの同僚の机の上に「ライオンズ4連勝で日本一」を大々的に報じる新聞記事を置いた記憶がある。

今思うと、あの頃のライオンズは森監督の「オレがオレが」がチームを壊すという警句をしっかり守り、「フォア ザ チーム」に徹していたと思える。当時は、サッカー人気は高くなかった。
今、なでしこジャパンが「ワタシがワタシが」であったらどうだろうか。ワールドカップで優勝していたであろうか。

夏休みの企画、西武ライオンズ球場での「親子キャッチボール」で、当時東村山市の少年野球チームに所属していた「娘」と人工芝のグラウンドでキャッチボールをしたことがきのうのことのようによみがえる。

そのような、私たち家族のささやかな幸せを読売新聞社はこなごなに打ち砕いた。今は、キャッチボールをした娘にも会えない。

読売新聞社員に共通する価値観は「オレがオレが」である。そして今、乱立している政党の代表の価値観も「オレがオレが」である。

このままでは、日本というチームが壊れるであろう。そうならないように、私は読売的エゴイズム容認主義と闘っていきたい
posted by S・C・ NAKAMURA at 17:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

世界から注目されている日本の総選挙の行方


大前研一氏の著書には、日本経済新聞を読むと経済がわからなくなると書かれていますが、その通りなのです。

2003年のTDL20周年の記念日に、日経新聞は社説に「成功の理由はQC(品質管理)活動であり、TDLの接客態度の良さの背景になっている」という、とんでもないデタラメ記事を書きました。日経新聞の記者を、その後10年間に出版された「ディズニー本」をすべて読みなさい、と叱責したいと思います。QC活動という用語が記載された本が一冊でもあるでしょうか。
来年の4月15日に、訂正と謝罪記事を掲載するよう要求したいと思います。

その日経新聞の今日の社説です。

日韓の未来を占う大統領選
<引用開始>
 日韓はともに主要な貿易相手国で、北朝鮮の核問題など安全保障分野でも協力すべき隣国だ。領土や歴史問題の解決は容易ではないが、経済や安保協力の厚みを増すことで、対立の比重を小さくすることは可能だろう。両候補とも改めて肝に銘じてもらいたい。
<引用終了>
http://www.nikkei.com/article/DGXDZO48897320Y2A121C1EA1000/

デタラメ記事でなければ、ビジネス上の思惑から何を主張しようが自由です。

問題は、韓国の大統領選と同時期に日本のトップを決める選挙が行われることを複眼的にみることができていないことです。日本の総選挙の争点を経済問題にしたいのでしょうが、日経新聞はじめ、すべての新聞やジャーナリストは、日本人が世界から試されているという認識に欠けていると言っても過言ではありません。

過去、日本の新聞はドイツの緑の党が躍進し、2001年に改正原子力法を成立させたことを大々的に報じました。その延長線上に現在のドイツの原発ゼロ政策があるのですが、日本の新聞やジャーナリストは、来月16日に投開票される衆議院選挙の行方に世界各国の指導者が注目していることに全く気付いていません。

日本で繰り広げられている政党の離合集散は、ドイツのように原発ゼロにするのかしないのかを明示しない安倍自民党と、理念もビジョンもない第三極とか呼ばれる人たちの「イス取りゲーム」でしかなく、本当にその政治レベルと報道レベルの低さにあきれ返ります。

なぜ、日本人は世界から相手にされないのかを理解している政治家が、どれだけいるとお思いでしょうか。私には「ほんの一握り」に思えます。

衝撃的な事実を記しましょう。

聖書の論理が世界を動かす 新潮新書 鹿島春平太
<引用開始>
「博愛や慈愛が身近なところから始まるように、インターナショナル・マインドはナショナルマインド(武士道)の延長である」
これは彼の「武士道」の中の一節で、細川首相が国連演説で引用したとして話題になったものです。してやったりと悦に入る人も少なくないでしょうが、西洋人はこれを聞けば「ああやはり日本人だなあ」とおもうだけのことなのです。彼らが日本人を真の仲間だと思うのは「まず無限の神があって、イエスがあり、世界が創り出され、日本があり、その中に我がある」という言葉を聞いたときからでしょう。
<引用終了>

彼とはもちろんお札にもなった新渡戸稲造のことです。「武士道」を著したクリスチャンの彼でさえも、西洋人の物の見方、考え方が理解できていないのです。

何を理解できていないのでしょうか。それは私がこのブログに度々記している「根幹をなす思想」であるべきマクロ思想です。夜間飛行のパイロットが、自機が目的地に正しく向かっているのかをGPSによって知るように、神という「絶対」から「ナショナルマインド」を位置付けなくては、西洋人からは、ただのエゴイストの集団としかみられないのです。

だいぶ整理できてきましたので、後日日本人のナショナリズムについて記したいと思います。
なぜ、日本人は天皇陛下万歳と言いながら死んでかなくてはならなかったのか、なぜ、安倍総裁は、民主党や西洋の考え方の基本である「子どもは社会が育てる」を否定し、「子どもは家庭(父母)が育てる」と言うのか、なぜ、西洋には無い陰湿ないじめが日本に存在するのか、などの疑問 ― おそらくこれらの「日本人の疑問」を解き明かした日本人はいない ― の解決の糸口を提示したいと思います。

最後にもう一度言います。
ジャーナリストの皆さん、地球市民が共有する地球の一部を放射能汚染させた日本人の選択を世界中が注目しているのです。小沢一郎氏はじめ、政治家は「天下国家を語る」と言いますが、「国家」の前に「天下(世界)」があることを思想の大前提にしなくてはならないということを、声を大にして申し上げたいと思います。
posted by S・C・ NAKAMURA at 11:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年11月27日

「先生、真面目と本気は違うんだよ」に若き日の自分を思い出す


数日前の東京新聞「筆洗」に記された言葉です。

いじめを受けている子どもは、先生の本気度を見抜いているんだよ、ということを言い表した、大人にとっては強烈すぎる一言です。

この言葉を聞いて、子供の頃の自分に対する大人たちの本気度を改めて思い起こしました。

中学生の頃、私を含めた多くの男子生徒達が、女子生徒をいじめたという理由で、女性教員から「ビンタ」を受けました。その時の先生の顔を今でも覚えているような気がします。先生の顔は「本気度」に満ちていました。

高校時代の担任の先生(当時の中大付属高校は3年間同クラス、同担任制度でした)は、もちろん体罰など加えませんでしたが、私たち生徒を成長させる「本気度100%」の熱血漢でした。先生とは卒業後も、先生が亡くなるまで親交を持たせて頂きました。

そして、私は旅行会社を経て、東京ディズニーランドの運営に携わるようになりました。

セキュリティ部門から、パーク運営部門に異動になり、同僚のスーパーバイザーが私に伝えた、たった一言が今でも忘れられません。それは「キャストはスーパーバイザーの本気度を見抜いている」という一言です。なめられる、なめられないなどという低レベルの次元ではありません。キャストを育て、指導することにより本家アメリカのディズニーランドのサービスレベルに追いつけ、追い越せという極めて高レベルな闘いに挑んでいるんだという、熱い、熱いメッセージでした。

ディズニーランド時代のことをこれ以上書きませんが、会社にしろ、教育現場にしろ、あらゆる場所では「本気度」こそが問題を解決し、成功を成し遂げるということは間違いありません。

最後に、退職時に私がオリエンタルランドの仲間たちに残してきた言葉を記しておきます。

私とディズニー
◇ディズニーは「最高のもの」である。最高のものは、普通のものよりずっと良い事を教えてくれる。
◇ディズニーには「ただのすごいもの」ではなく、「めちゃくちゃすごいもの」であるという強い思い入れがある。
◇ディズニーでは、誰もが尊敬に値する、刺激的で意欲をかきたてられる仲間との「最高レベルの競争」に参加することになる。それは自分がどれだけできるかという、自分自身との戦いである。
◇ディズニーで働き続けられたのは、自分たちが本当に重要なもの、桁外れに偉大なものの一部になっているからと感じていたからである。
さようなら・・・

posted by S・C・ NAKAMURA at 17:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

安倍自民党総裁の「お友達」


安倍晋三自民党総裁は、党首の討論会をどうしても「ニコニコ動画」で行いたいようである。政権を放り出した時と何も変わっていないと驚くばかりである。

小泉政権を引き継いだ安倍政権は、どのような「性格」を帯びていたのか覚えている人はどれだけいるだろうか。

「お友達内閣」と揶揄されたではないか。

党首討論会も、ネット右翼の「うっぷん晴らし」の場である政治関連投稿サイトの一つである「ニコニコ動画」の場で行いたいと、安倍総裁は駄々をこねているが、「ニコニコ動画」は、私から言わせれば「お友達サイト」そのものである。

私は、ネットで「57歳児」とさんざん誹謗されてきた。ネット右翼は、「お友達」の「安倍58歳児」のために、民主党の悪口を書き込むことは100%の確率である。

実は、ネット右翼と呼ばれる者が暗躍した選挙の始まりは、2005年の小泉郵政選挙であった。
当時は、「ニコニコ動画」などの動画サイトはなく、ヤフーなどの掲示板が主戦場であった。
安倍総裁は、その時の勝利の「美酒」の味が忘れられないのだろう。まったく、成長していないのである。

イラク戦争に反対して更迭された元駐レバノン全権大使の天木直人氏は、このように自身のブログに記している。

<引用開始>
「・・・靖国神社のホームページのアクセスには、単に靖国神社側の言い分に興味があるというだけではなく、掲示板への書き込みネタを仕込んだり、確認目的の利用者も少なくないはずだ・・・自らの論理を正当化する受け売りの材料は、ネット上では右派のほうがはるかに多い。それが右傾化を支える・・・新しい世代の中にはそうした根拠薄弱な論理を心から信奉している人が出ている・・・話の中身が分からなくても、とにかく執着して相手をやっつけようという傾向がある。まじめに受け答えを試みる人々は根負けしてしまい、掲示板からはなれていってしまう。あるいはそうしたサイトがつぶされてしまう」(ネット上の事件に詳しい小倉秀夫弁護士)。
「・・・もうすぐネット上のあちこちの掲示板に反日判決とか裁判長への悪口があふれるだろう・・・2チャンネルに代表される巨大掲示板はいじめの素窟。この裁判長の個人情報、私生活を暴いたり、住所まで割り出そうというチャンネラーが必ずでてくる・・・」(元公安調査庁職員でジャーナリストの野田敬生氏)。
「・・・過激な話が多いのは匿名性のゆえ、無責任でいられるから。思想的な思い入れよりもストレス解消が目的」(インターネットジャーナリストの森一矢氏)。
もし、ネット世論なるものの本質がこのような根拠薄弱な右傾化傾向に支配されているとするならば、権力側がそれに目をつけ、利用しないはずはない。
「議員秘書が参加しているケースもある。懸念されるのはこうしたネット上の世論の流れが、雑誌やテレビなど大手メディアに還流されていく現状だ・・・」(野田氏)。
「・・・政治家にとってネット世論は無視できない存在。(他方一昔までは日陰者、マニアの世界扱いだった)ネット世界が現実の政治行為に励まされる。右傾化の相乗効果が垣間見える」(小倉氏)。
これらを一言で要約するならば、匿名でしか強がりを言えない臆病者がその裏返しとしてネット上で弱いものいじめをする、そういう連中が、小心で自信がないゆえに強硬姿勢をとり続ける権力者小泉に迎合し、利用される、そういう構図なのであろう。
<引用終了>
http://www.amakiblog.com/archives/2005/10/04/

私の最近の記事から、2ちゃんねらーが私をバッシングする投稿を紹介する記事が消えたことに気付いている読者は多いと思う。

3年半続いた私へのいわれなき攻撃は、一月以上前に終焉を迎えた。私は批判を覚悟で家族の写真を掲載する戦術をとった。2ちゃんねらーにも「良心」があることを知っていたからである。大前研一氏や天木直人氏などの識者が、誹謗中傷を繰り返す2ちゃんねらーを「捕まえてみた」ところ、実に普通の若者であったと記していた。私に対し悪意を持つ者は、今でも存在することは知っている。

しかしながら、巨大掲示板2ちゃんねるに投稿している「大勢」は、コンピュータの前では、ネット右翼を演じるという「性格」を帯びている普通の若者立ちなのである。安倍総裁は、そのことを知っているのだろう。自分の主張が最大限評価される場が「ニコニコ動画」と考えたのであろう。

極めて卑劣と断じざるを得ない。
posted by S・C・ NAKAMURA at 14:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年11月26日

ああ、NHK紅白歌合戦よ


私はテレビは見ない。よってNHKの受信料も払っていない。

それにしてもである。顔と持ち歌が一致する歌手が少なすぎる。たぶん、野田首相も安倍晋三自民党総裁も同様に感じているだろうと思う。

『第63回NHK紅白歌合戦出場歌手』

【紅組】
aiko、絢香、いきものがかり、石川さゆり、AKB48、SKE48、きゃりーぱみゅぱみゅ、香西かおり、倖田來未、伍代夏子、坂本冬美、天童よしみ、中島美嘉、西野カナ、Perfume、浜崎あゆみ、藤あや子、プリンセス プリンセス、水樹奈々、水森かおり、ももいろクローバーZ、YUI、YUKI、由紀さおり、和田アキ子

【白組】
嵐、五木ひろし、HY、EXILE、NYC、関ジャニ∞、北島三郎、郷ひろみ、ゴールデンボンバー、コブクロ、斉藤和義、三代目 J Soul Brothers、SMAP、舘ひろし、、徳永英明、AAA、ナオト・インティライミ、氷川きよし、FUNKY MONKEY BABYS、福山雅治、細川たかし、ポルノグラフィティ、美輪明宏、森進一

顔と持ち歌が一致する歌手

【紅組】
石川さゆり、由紀さおり、和田アキ子

【白組】
五木ひろし、北島三郎、氷川きよし、郷ひろみ、SMAP、、細川たかし、美輪明宏、森進一

もちろん、NHKが「のど自慢」などの「みなさまのNHK???」的な番組を放送していることは知っているが、若き日に、私が熱心に紅白歌合戦を見ていた頃には、南極観測船からのコメントがあったりして、ナショナリズムとは異なる日本人としての誇りと、天空から見た日本人の存在感のようなものを実感していた。

今、何か・・・言葉では言い表せられない失望感を感じる。
posted by S・C・ NAKAMURA at 18:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

大川小 津波逃げ遅れ問題の本質

石巻・大川小の検証委、日航事故遺族ら11人選出
<引用開始>
東日本大震災の津波で宮城県石巻市立大川小学校の児童・教職員計84人が死亡、行方不明となった問題で、文部科学省、県教育委員会、市教委と遺族は26日までに、避難状況などを検証する第三者委員会の構成メンバーを固めた。
 文科省が防災避難計画や事故調査に詳しい関西学院大の室崎益輝教授ら11人のリストを提示。日航ジャンボ機墜落事故の遺族でつくる「8.12連絡会」の美谷島邦子事務局長も加わる。石巻市の防災教育に関わってきた東北大教授は、中立的な立場での検証は難しいと遺族から異論が出たため、再検討する。
<引用終了>
http://www.nikkei.com/article/DGXNASDG2501J_W2A121C1CC0000/

この問題は、私以外の人間には解決できないと思っています。

それでも、私は容易にこの問題に取り組もうとは思っていません。その理由を記します。

第一に、逃げ遅れて亡くなった方は大川小学校の児童や先生だけではありません。寝たきりのお年寄りの命も、避難放送をし続け殉職した南三陸町役場の遠藤未希さんの命も、同様に尊い命です。
マスメディアは、報道商品になる大川小学校関係のニュースは報道しますが、人知れず亡くなった人のことなどを報道することはありません。そのようなところへ出て行こうなどとは決して思いません。

第二に、責任を取るべき人間は霞が関にいるという認識が共有されていないということです。霞が関の官僚が「当事者」であることを前提にしないと問題の本質は見えません。薬害エイズ事件や、ハンセン病問題では、当時の菅直人厚生大臣が「当事者」として深々と頭を下げました。
東電福島原発事故も尼崎JR脱線事故も同じですが、この問題は自民党の長期政権がもたらした「負の遺産」です。民主党のほとんどの議員はそのことを理解しているとは思えません。

私は、過去のブログ記事に何十回もこの警句を記してきました。

マーク・トウェインの警句
「災いを引き起こすのは知らないことではない。知らないのに知っていると思いこんでいることである」

三井アウトレットパーク入間で行われた「殺人訓練」も、正しいエバキュエーションevacuation(避難)を知らないのに、知っているかのように三井不動産が思い上がり、地下鉄サリン事件で亡くなった方の感情を逆なでする、極めて「遺憾」な訓練でした。

「知ったかぶりは人を殺す」という言葉を三井不動産に届けたいと思います。同時に、「ノウハウ無き無能官僚は引っ込んでろ」と霞が関の住人に伝えたい、そう考えます。
posted by S・C・ NAKAMURA at 16:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年11月25日

自民党の負の遺産 菅直人前首相


自民党政権の負の遺産
<引用開始>
 政権交代後3年間、民主党は自民党政権下の、三大「負の遺産」を解消するために努力した。@子供、若者政策の不在による少子化、A公共事業と高齢化による負担で1000兆円の借金、B54基の原発、これが三大「負の遺産」。

 民主党政権では@については子供手当を中学生まで拡大し、高校無償化を実現。Aについては、社会保障と税の一体改革を政権として提案し、実現。Bについては、「原発ゼロ」の目標を明確にし、再生可能エネルギーの拡大などあらゆる政策を実行中。

 自民党の安倍政権が誕生すると、国防軍を明記した「憲法改正」に力を入れ、原発ゼロ政策が逆行し、必要な改革が先送りされる。
<引用終了>
http://ameblo.jp/n-kan-blog/entry-11412477969.html

1000兆円の借金の利子だけで10兆円、元金返済を含めると20兆円になります。そして歳入と歳出の差30兆円を毎年借金しているという計算になります。

自民党が築き上げた土建国家に働く人を生活させるためには、連鎖的土建公共事業が必要とされてきました。年度末になると日本の道路は何回も掘り起こされています。鳩山政権が「コンクリートから人へ」と訴えたのは、まさに「土建中毒」からの脱出だったと私は思っていますが、それでも民主党の議員は土建業者が悪いわけではないことを知っており、声高に叫ぶことができませんでした。

今、政権交代効果と、311後のパラダイム(物の見方、考え方)が変化したことにより、新しい、悪性ではない良性の公共事業によりこの国を再興するよう国民は望んでいると私は考えます。

このことを前提にして、これまでの自民党政治が、いかに日本の富、所得を海外に流出させていたかを考えたいと思います。

6月21日 東京新聞社説
「自然エネルギー 大きく育てたい純国産」
<引用開始>
 自然エネルギーの固定価格買い取り制度が七月から動きだす。小出力の電源ではあるが純国産だ。火力発電の燃料高で生じる所得の海外流出を抑え、日本経済に元気を取り戻す役割も担わせたい。
<中略>
〇一年度に二兆円だった液化天然ガスや原油などの燃料費は新興国の需要増による価格高騰で四兆円規模に膨らんだ。福島第一原発事故で失った電源を火力発電で補った一一年度は六兆円近くにも上った。兆円単位の日本の所得が資源国へと消えていくのが現実だ。
<引用終了>

皆さんは、私の仕事館という悪性の公共事業を覚えていると思います。581億円の建造費をかけたにもかかわらず、いまだに閉館後の引き取り手もありません。

以前にも紹介した、わが国最大の木質バイオマス(木クズ)発電所である川崎バイオマス発電所は、総事業費108億円です。3万8千世帯の電気をまかなえる発電能力を有します。

単純に計算します。私の仕事館という悪性の公共事業に費やした581億円を川崎バイオマス発電所の総事業費108億円で割ると5,3基分になります。3万8千×5で約19万世帯の電気がまかなえることが分かります。埼玉県の入間市(世帯数60,918) 狭山市(同66,079) 飯能市(同29,790) 日高市(同22,843) 合計179,630世帯ですから、世帯数だけで捉えれば、この4市の電力をカバーできることになります。

さらに、です。四国4県の世帯数は平成20年の統計ですと約171万世帯です。すべて川崎バイオマス発電所方式で世帯分の発電を引き受けるとすると、171万÷3万8千ですから、45基必要になります。建造費108億円を掛け算すると、約4,860億円になります。

東北5県の世帯数は、約315万世帯です。同様の計算をすると全世帯の電力をバイオマスでまかなうためには、83基、約9,000億円の建造費が必要になります。

前記のように、日本は兆円単位の所得が海外に流出しているのです。言い換えれば、兆円単位の「労働生産(雇用)」を海外に託していると言えるのです。こんなバカなことがありますか。

私は、2007年の今ごろ、四国電力の伊方原子力発電所で安全管理の研修の講演をした際、四国電力の幹部から「若い社員が役人に見張られて、やる気をなくしている」と警鐘を鳴らされていることを知らされました。

四国電力は、東京電力と180度異なり、地元住民の方々と極めて良好な関係にあります。日本政府は、菅直人前首相が言うように、四国電力の原子力部門を切り離して国営化し、毎年、1,000億円かけてもバイオマスを中心とした自然エネルギー部門で四国電力が高い収益を上げられる企業に成長していく支援をすべきであると私は考えます。

株価も上昇するでしょう。地元に「バイオマス(木クズや間伐材の木クズ)を集めるという膨大な雇用も生まれます。(森林整備ニューディール政策が必要)反対する国民は、霞が関の役人と化石燃料利権を有する人たちしかいないと思います。

311により大打撃を受けた東北も然りです。兆円単位の資金をバイオマスに集中投入して、日本の新たなエネルギー獲得システムの構築を図れば、将来的には、日本は国産エネルギーで自活できることが証明されることになるでしょう。国内の需要が喚起され、中小企業経営者が必ず口にする「お金が回る」ようになります。海外に、何兆円も日本人が稼いだ所得が流出しなくて済むのです。

誰もが、自分の子どもが、今の自分の年齢になる約30年後のことを考えるべきです。その時は、消費税は30%を超えているかもしれませんが、原発はなくなり、再利用可能な循環型の自然エネルギーにより、電気料金などの公共料金はほとんど無料になっていることでしょう。

交通インフラに関しても、JRの新幹線収入は約2兆円程度と思われますが、本来は国民の公共財であった高速長距離輸送システムを、将来的に無料化しなくてはいけないと私は考えます。高速長距離輸送システム(航空業界の国内線にも配慮は必要)を無料化すれば、都会に暮らす若者は、週末には父や母が暮らす地方に帰ることができる、まさに今の国会議員並みの生活が保障されることになるのです。

勤勉で真面目な私たちの父親、母親たちの世代は、世界に類のない安全で高品質の公共インフラを構築してくださいました。将来私たちの世代の子どもたちが、私たちの世代がさらに進化させた公共インフラを無料で使える社会をつくる、それがドリーム党の「夢」です。

そして、それは世界に誇れる「日本人だけが有する特権」であるのです。
posted by S・C・ NAKAMURA at 19:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年11月24日

酒井法子さんの復帰を心から祝福します


「もう一度表現する場に」=酒井法子さんが復帰会見
<引用開始>
酒井さんは覚せい剤事件を振り返り「自分自身が、ばかだったとしか言いようがない」とし、「きっぱりとそういったものは絶ち、真っすぐ前を見て生きていくことしか考えていません」と決意を語った。
<引用終了>
http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2012112400195

悔い改めた酒井法子さんは、神により赦されました。

私は毎日「・・・・誰もが、きのうの過ちを悔い改め、過去を忘れ、生まれ変わり、前だけを見て、神の敷かれた道を、まっすぐに歩いて行くことができますように・・・・・主、イエス・キリストの御名においてお祈りいたします。」と祈っています。

悔い改めると、神は何回でも赦してくださいます。反対に、悔い改めないと神は決して赦しません。

私を背後から切りつけ、谷底に突き落とし平然としている読売新聞の門間順平記者は哀れです。「門間順平」で検索してみてください。門間記者に子供がいるか知りませんが、検出された記事をお子様が目にしたらどう思うでしょうか。

サンクチュアリ出版の「鶴巻謙介」社長も、悔い改めなければ同様の運命になることでしょう。

繰り返しますが、神は、悔い改めない裏切り者を決して赦しません。追い続けます。
posted by S・C・ NAKAMURA at 17:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「民主の街頭宣伝車が全焼」報道に思う


民主の街頭宣伝車が全焼、不審火か さいたまの駐車場
<引用開始>
 同署によると、約150メートル離れた場所には民主党埼玉県1区総支部があり、宣伝車は23日に政党活動に使用した後、駐車していたという。
<引用終了>
http://www.asahi.com/national/update/1124/TKY201211240209.html

絶句してしまいました。ゲバルト(実力行使)を超えて、これはまさに「テロ」です。
日本は何という国になってしまったのでしょうか。

犯人が犯行声明を出すことはないでしょう。狙いは「民主党は私的制裁(リンチ)を受けて当然」という程度の主張を表現したかったのでしょう。今、放火犯は「ざまあみろ」という「欲求不満を解消する果実」を得て、悦(自己満足)に浸っているに違いありません。

『最後のパレード〜ディズニーランドで本当にあった心温まる話』事件後、私の家には読売新聞に情報を売ったと思われる人間から「ざまあみろ」という電話がかかってきました。

自分の欲望を満足させるためには何でもする、まさに「読売的エゴイズム容認主義」の負の成果物であると私は捉えています。
posted by S・C・ NAKAMURA at 14:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年11月23日

「ウッドスタート事業」で再びジャパン・アズ・ナンバーワンに

長くは書きません。この記事をぜひ読んで欲しい。私は震えるほどの興奮を覚えました。

環境部門のノーベル賞と言われるブルー・プラネット賞を受賞した横浜国立大学名誉教授の宮脇昭氏が書かれた「木を植えよ!」の一文を紹介しておきます。この本を読み、私は日本人の「希望の入り口」を見つけたような気持ちになりました。

<引用開始>
「ジャパン・アズ・ナンバーワン」の著者エズラ・ボーゲル博士でした。彼は、こう続けました。

「私が『ジャパン・アズ・ナンバーワン』を書いたとき、日本人からは私たちがナンバーワンなどということはありえない、アメリカ人は頭がちょっとおかしいんじゃないか、と言われたものです。

しかし、それから十年ほどたって、短い時間ではありましたが日本は経済的な面も含めてアメリカがねたみたくなるほど発展しました。
ひるがえって今の日本はどうでしょう。中央政府も地方自治体も企業も一般市民も、後ろ向きでアリ地獄はまったような状態で覇気を失っています。

やはり私の予測は間違っていたんじゃないかと最近憂鬱な思いをしていました。

しかし今日あなたの講演を聞いて、大変元気づけられました。
スライドが示したように、生態学者が現地調査によって科学的な脚本を書き、市民が主役で、足元から『チンジュノモリ』に象徴される土地本来の森づくりを日本から世界に発信していけば、日本は私の予測どおりに再び世界のナンバーワンになるはずです」
<引用終了>

この「希望の入り口」に関しては、一人の木工家として、実りのある具体論を教えていきたいと思います。(読売新聞社を除く)

香りや手触り…五感を刺激 国産材の「木製玩具」復活
http://sankei.jp.msn.com/life/news/121121/edc12112107520000-n1.htm

posted by S・C・ NAKAMURA at 18:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

勤労感謝の日に思うこと

勤労感謝の日の趣旨を理解している公務員や首長、議員はこの国にどれだけいるでしょうか。

「勤労をたっとび、 生産を祝い、国民たがいに感謝しあう」これが、休日法に記されている趣旨です。

私は、昨年の都知事選立候補の記者会見資料(公約)に以下のように記しました。

「勤労を尊び、生産を祝い、ともに感謝し合う」、勤労感謝の日を都民全員で祝う祭典を実施

日本人誰もが感づいているように、勤労に感謝するどころか、労働者は資本家の奴隷のように扱われるようになりました。人を人と思わぬ企業が業績をあげ、人間の心を持つ「弱者」は、業績の悪さはすべて「自己責任」と断じられ、突然解雇という不当な制裁を受けるようになりました。

過労死は「自己責任」
ウィキペディアより
奥谷禮子
<引用開始>
奥谷 禮子(おくたに れいこ、1950年4月3日[1] - )は、日本の実業家。本名は米澤 禮子(よねざわ れいこ)。名前に使われている漢字「禮」は旧字体であり、著書などでは奥谷 礼子とも記される。なお「奥谷」は旧姓。株式会社ザ・アール代表取締役社長[2]。格差論は甘え、過労死は自己責任の発言で有名<中略>

過去の公職
厚生労働省労働政策審議会臨時委員(労働条件分科会会員)[8]、郵政省郵政審議会委員[9]、内閣府未来生活懇談会委員[10]、国土交通省交通政策審議会委員[11]、通商産業省産業構造審議会委員、通商産業省航空機宇宙産業審議会委員、内閣府規制改革会議委員、公正取引委員会「21世紀にふさわしい競争政策を考える懇談会」会員[12]。
2002年、小泉内閣に、製造業での派遣労働解禁などを提言した[13]諮問機関『総合規制改革会議』(宮内義彦議長)の委員。
<引用終了>
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A5%A5%E8%B0%B7%E7%A6%AE%E5%AD%90

現在の突然解雇の恐怖は、この小泉、安倍時代に始まったのです。

精神科医の香山リカ氏は、著書「悪いのは私ではない症候群」で香山氏は、「上司から突然にプレゼンを指示され失敗しても、失敗の責任は上司にはなく、上司のせいにするな」という意味のことを書いています。(原文:会議でうまくプレゼンできないのは、私のせいじゃない。突然、指名した上司や家庭で何かとプレッシャーをかける妻、そしてこのいつ起きるかもわからないパニック発作のせいのだ。6ページ)

その上で私を、論文をコピペして卒論にする大学生と同じであると侮辱しています。その稚拙さには閉口してしまいます。

香山氏の著書に「私は若者が嫌いだ(ベスト新書)」というタイトルのものを見つけました。

<引用開始>
入社した後も、「会社が丁寧に教えてくれて当然」と自ら仕事を覚えようとすることもなく、少しでも注意されると「教えてくれないほうが悪い」と逆ギレする。
<引用終了>
http://blog.goo.ne.jp/zen-en/e/871caf5c810d9a55b392449df9138e2d

ディズニー哲学と180度異なる思想をする人間?だなあ、と悲しくなります。

私は、クリスチャンとしてこのような人間がキリスト教のミッションを伝える大学の教授でいいのかと立教大学に手紙を出し、回答を求めましたが、4ヶ月以上経っても回答がありません。
立教大学の学生は、このことをどのように考えるのでしょうか。

奥谷氏、香山氏に共通する経済活動に関する認識は、日本人の「こころ」を理解できないアーティフィシャル(人工的)なゲームと同じとする認識なのです。勤労に感謝する気持ちなど、全く持ち合せていないのです。

最後に、悪魔が奥谷、香山両氏にプレゼントした美しい言葉を紹介しておきましょう。

この世はすべて自己責任。他人の情けや助けに頼るなんて甘ったれは通用しない。人生は他人を押しのけても前へ上へ進む競争だ。目標は成功、出世、具体的に言うと金だ。途中で立ち止まって弱いもの、負け組に情けなんか掛けていたら、絶対に勝ち組になれんぞ。映画ディズニークリスマス・キャロルより

2012年06月15日
2011年2月、東京都知事に立候補したときの記者会見資料です。
http://dream333.seesaa.net/article/275309403.html

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2012年11月22日

「指導死」の原因は愛情不足


「指導死」知って防いで 教師の指導きっかけに命絶つ子ども
<引用開始>
教師の指導をきっかけに、命を絶つ子どもがいる。学校は多くの場合、指導が原因とは認めようとせず、国の調査でも実態が明らかにされたことはない。子どもをなくした遺族たちの間で、その死を「指導死」と名付け、指導のあり方を問う動きが広がっている。今月十七日には遺族がシンポジウムを東京都内で開く。
<中略>
長崎市の安達和美さん(51)は〇四年三月、中学二年の息子雄大君(14)を亡くした。
 ライターを持っていたのを担任から追及された。遮光のためアルミホイルを張った暗い多目的室で指導されている最中に「トイレに行きたい」と部屋を出て、校舎四階から飛び降り自殺した。
 指導される生徒の方が悪いと、短絡的に思い込む世間の風潮の中で、生徒指導の問題点を訴えていくことにためらいもあった。しかし、それ以上に再発防止の思いが強い。「学校は子どもが間違いをしながら成長していく場所。ただ過ちを責めるのではなく、子どもと寄り添い、間違いに気づかせるような指導をしてほしい」
<引用終了>
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2012111302000098.html

教員の免許更新について安倍元首相は16年にこのように発言している。

<引用開始>
お父さんお母さんたちが子どもたちが学校を公教育の場においても選べるしくみを作っていかなければならない、そう思います。そしてほとんどの学校の先生は真面目に子どもの未来を考えて教壇に立っている、そう思います。しかしどうやら先生に向かない教師がいるのも事実だろうと思います。ですから私はやはり教師の免許更新制度を導入していきたいと思います。私たちが持っている運転免許すら更新が義務付けられているんです。子どもたちの未来に大きな影響を与えるこの先生の免許の更新制度、おそらく反対があるかもしれませんが、私たちは子どもたちのために勇気を持ってこの制度を導入してまいります事をお約束を申し上げる次第でございます。(拍手)私たちはしっかりとこの教育改革に取り組んでまいります。
<引用終了>
http://akemama13.seesaa.net/article/126288627.html

教員免許の更新制度が導入されれば、教育現場において教員間の競争が始まることは当然のことである。運転免許とは根本的に趣旨が異なることを、安倍元首相は全く理解していない。

昨年の11月8日の社会福祉法人 毛呂病院 地域活動支援センターのぞみ 施設長 新井 順先生の総合失調症に関する講演会で聞いた話だが、新井氏は、福島の小学校で教員が子供たちを虐待していると明確に発言されていたことに本当に驚嘆した。

安倍元首相は、教育現場を選べる仕組みをつくると発言したが、たとえ学校は選べても、子供は先生を選べない。先生も人間である。あってはならないことであるが、生徒を叱ることでストレス発散がなされるような教育現場に変貌しているのなら、まさに安倍元首相の思想から発生する出来事であると断じざるを得ない。

最後に、マザー・テレサの言葉を記しておく。

◇子ども達が愛することと、祈ることを学ぶのに最もふさわしい場が家庭であり、家庭で父母の姿から学ぶのです。家庭が崩壊したり、不和になったりすれば、多くの子は愛と祈りを知らずに育ちます。家庭崩壊が進んだ国は、やがて多くの困難な問題を抱えることになるでしょう。<マザー・テレサ>

◇この世で最大の不幸は戦争や貧困などではない。むしろそれによって見放され、“自分は誰からも必要とされていない”と感じる事。<マザー・テレサ>
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2012年11月21日

米軍による空爆の記録を集大成すべき


昨日、和歌山県御坊市の教育委員会に空爆の記録について問い合わせたところ、丁寧な回答を頂戴した。

私の疑問は、なぜ疎開地になるような町までもが空爆に襲われたのか、という疑問であった。
その答えは、石川島と三菱の軍事工場があったそうである。元々は紡績(繊維、織物)工場が転用されたという記録が残っているということだが、この記録を残したのは当時の高校生であった。

私は、詳しくは聞かなかったが、この話を聞いて「素晴らしいものが記録されている可能性が極めて高い」と直感した。記録した人たちとその記録を受け継いでいる人たちに対し、心から敬意を表したいと思う。

さて、それではどうしてアメリカは軍事工場があることを知っていたのか。その答えは簡単である。戦争を始める前から、アメリカは「日本軍」を丸裸にしていたのである。

立飛企業
沿革
戦前
1924年(大正14年)11月 - 株式会社石川島飛行機製作所を設立。 石川島造船所が中心となって出資設立された。「赤とんぼ」などを生産していた。工場は月島にあった。
1930年(昭和5年) - 工場を立川に移転。
1936年(昭和11年) - 大日本帝国陸軍の意向で立川飛行機株式会社と改称。
1940年(昭和15年) - 長距離試験機A-26(キ77)の開発を開始。朝日新聞社の東京〜ニューヨーク間無着陸親善飛行のため。A-26は昭和17年に完成している。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AB%8B%E9%A3%9B%E4%BC%81%E6%A5%AD

明治維新以来、アメリカは日本を研究し続けていたのである。今年は明治145年に当たるが、開戦時でも明治74年である。徹底的に丸裸にされていたと考えない方がおかしい。

1946年に発刊されたルース・ベネディクトの「菊と刀」は戦時中の調査研究によるものとされているが、私は現地(日本国内)調査なくしてあれだけの本はかけないと確信している。
つまり、アメリカは明治以降、戦争に至るまで、日露戦争に勝利した「日本軍」を丸裸にしていたことをカモフラージュする作戦だったことにしか思えないのである。

過去は変えられない。今更アメリカに「丸裸にして100%勝てると計算していたのか」と聞いても何も得るものはない。反対に、まだ日本人は戦争責任を認めないのか、と攻撃の材料を与えるだけである。

何を私が言いたいか、何を私がしたいか。
それは、朝日新聞などに集積している「語り継ぐ戦争」のエピソードや、御坊市など全国のさまざまな場所に記録されている戦争の「悲劇」を集大成させ、戦争も戦後の復興も知らない若者たちに受け継がせなくてはいけない。その上で、戦争の「真実」の検証を、「将来の人」に委ねるべきであり、そのための活動を行っていきたい。

ネットで「戦争記録」で検索すると、全国で地域の戦争記録を残す活動が行われている。戦後の自民党の敗戦国思想は、このような記録づくりを行ってこなかった。そのことは理解できる。

しかしながら、30年後、あるいは50年後かもしれないが、日本が米軍基地ゼロを達成するためには、「将来の人」による戦争の「真実」の検証作業が欠かせない。インターネット上で、全世界の人々が「真実」を知るための戦争記録の集大成作業が、私たち戦争加害者の子どもたちの責任であると私は考えるのである。

安倍晋三自民党総裁の発言がエスカレートしている。石原慎太郎前東京都知事は「核兵器」にまで言及している。
来年の夏には、また「靖国論争」が始まるのだろうか。私たち日本人は、3年前に「ローギア」ではあったが、「生活第一」の社会を前進させる政権を選択した。次の総選挙で、「バックギア」で後退させる政権を選択し、不毛な「戦後体制」論議がまた繰り返されるのか。新しい民主党が「セカンドギア」により、よりスピード感を持ち経済や財政を再建していくことになるのか。

選挙はもうすぐである。

※今後は、なるべく「空襲」という過去の用語は用いず、「空爆」という現在もイスラエルで行われている非人道的犯罪を示す用語を用いていきたいと思います。
posted by S・C・ NAKAMURA at 15:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

鳩山由紀夫元首相の不出馬を前向きに考えよう


鳩山由紀夫元首相の決断を「名誉ある引退」と評価する。それでも、鳩山由紀夫元首相の側近であった五十嵐文彦前財務副大臣(埼玉9区、入間市、狭山市、飯能市、日高市、毛呂山町、越生町)にとっては、小沢鋭仁元環境大臣と鳩山由紀夫元首相とともに民主党を築いてきただけに両者を失ったショックは大きいと思う。同区の有権者の一人として、できるだけのことをしていきたいと決意している。

さて、時期尚早ではあるが、今後の活動に期待したい。鳩山由紀夫元首相はアメリカのカーター元大統領や、ビル・クリントン元大統領のように「民間外交」の担い手として活躍して欲しい。活動資金も豊富である。もはや、民主党に資金援助する理由はない。
世界各国での講演活動や、寄付活動などを通じて、日本の真の国力を高めるための、惜しみないノブレス・オブリージュ活動に邁進して欲しい。

そして、ビル・クリントン元大統領が2009年の8月に訪朝し、二人のアメリカ人女性ジャーナリストを解放したように、日本に「実(じつ)」が得られる「民間外交」を実践して欲しい。

クリントン元大統領訪朝の意味
<引用開始>
8月4日、米国のビル・クリントン元大統領が北朝鮮の平壌を訪問し、金正日総書記と夕食をともにして、北朝鮮に不正入国した罪で捕まっている2人の米国人ジャーナリストを恩赦にしてもらい、翌5日、クリントンは2人を連れて米国への帰国の途についた。
<引用終了>
http://tanakanews.com/090805korea.php

鳩山由紀夫元首相ならできる。鳩山由紀夫元首相にしかできない、日本人の賢民化を成し遂げて欲しい。

ノブレス・オブリージュについて、もう少し記す。

アンドリュー・カーネギー
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

彼は、著書『富の福音』のなかで、「裕福な人はその富を浪費するよりも、社会がより豊かになるために使うべきだ。」と述べている。また、社会ダーウィン主義の実践者でもあり、不平等な状態を是とした。
無条件に貧しいものへ与えることを有害とし、努力する者を支援するために富が使用されるよう寄付する者が責任を持つべきだとしている。「富を持って死ぬことは不名誉である」と主張し、死の際にやむなく行う遺贈ではなく、生存中に活用先への責任を持ちながら行ったスタンフォード大学の創設者スタンフォードのような例を模範として実践した。
<引用終了>
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%AA%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%83%8D%E3%82%AE%E3%83%BC

スタンフォード大学は鳩山由紀夫元首相の出身校であるが、長期自民党政権下の日本社会では、このような考え方は「経済発展の敵」とされ、個人的欲望主義だけが消費を活性化させるという思想が貫かれてきた。
日本屈指の世界に通用するスピーカーである大前研一氏は、著書「知」の衰退からいかに脱出するか?光文社刊にこう書いている。
<引用開始>
かなり昔のことになるが、私は当時の首相にいったことがある。

「今の政府は国民を騙すようなことばかりやっている。このままだと、国民は怒りを覚えて立ち上げるでしょう。」と、このように首相に進言したのだが、首相は私にこういった。

「大前さん、我が国は愚民政策を施しているから大丈夫だよ。」

まさかと耳を疑ったが、これは事実である。当時の日本政治の指導者と役人たちは、学生たちが政府にたてつくことがないように愚民政策をとっていると確かに認識していたのだ。

日本政府は安保闘争のようなことが2度と起こらないように、若者たちがけっしてアメリカに刃向かわないように、そして、体制が転覆する事態が起こらないようにと、愚民政策を施した。
<引用終了>

過去を変えることはできない。鳩山政権は時間をかけ国民の「賢民化」を図っていく必要があったが、残念ながら愚民化政策を推進してきた自民党と霞が関の官僚、マスコミによりつぶされてしまった。

ノブレス・オブリージュとは「高貴なる者の義務」という意味であるが、日本社会で耳にすることはほとんどない。反対に日本では、高貴なる者がその義務を果たせば「ええかっこしー」と揶揄される。
高貴なる鳩山由紀夫元首相のお母様は、このノブレス・オブリージュを実践しただけなのである。そんなことも理解できない自民党の劣悪議員は、「子ども手当」「お小遣い」というような言葉を使用して鳩山家の人々を貶めた。

鳩山由紀夫元首相が有する、「友愛」という世界標準の「武具」も、いつかは日本人の「絶対的な価値観」の一つになっていくと私は考える。

鳩山由紀夫元首相に、晴ればれとした笑顔が戻る日が待ち遠しい。
posted by S・C・ NAKAMURA at 13:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年11月20日

「知的デモンストレーション」と「知的なまけ者」


私の造語であり、両語ともインターネットでは検索されません。

「知的デモンストレーション」の定義は、「短歌デモ」や「連歌デモ」のように、「中核派系労働組合のデモ行進」と呼ばれるような活動の対極をなす、「しなやかデモンストレーション(要求活動)」です。「スマート・デモンストレーション」「さわやかデモ」「晴れやかデモ」なども類語として使われることを望みます。(読売新聞関係者の使用を厳重に禁ずる)

「知的なまけ者」の定義は、「考えることは疑うことからはじまる」というパスカルの言葉を理解しようとせず、自分の頭で考えずにマスコミ報道を受け売りするだけの、知的好奇心に欠けた愚か者の総称です。

私は、拙書「すべてのゲストがVIP」東京ディズニーランドが教えるホスピタリティのあとがきに以下のように記しました。

<転用開始>
 「楽しい」の「楽」、「楽をする」の「楽」、どちらも人間にとって必要な「楽」です。楽をすることが楽しいかという意地悪な質問はさておき、私たち日本人は、この何十年、この「楽」を得たいがために、何か大切なものを失ってきてしまったのではないでしょうか。景観、安全、信頼、正義、それとも創り出す力、伝える力、疑ってみる力、人を育てる力でしょうか。あるいは、個人や国のアイデンティティでしょうか。
 私には、ディズニーランドには、日本社会が失ってきた何かが、今でも存在するように思えてなりません。武士道や菜根譚の教えか、日本古来の価値観かもしれません。
 ディズニー方式とは、ものの見方、考え方を少し変えることから始まります。
「マニュアル=一般的ルール」などと決め付けず、作る立場、使う立場の両面から見ることが大切なのです。
<転用終了>

2004年4月30日の発刊でしたが、その約一月前に六本木ヒルズ回転扉死亡事故が発生、この年には中越地震が発生し、以降、2005年の尼崎JR脱線事故、2006年のシンドラーエレベーター死亡事故、2007年の中越沖地震と柏崎刈羽原子力発電所の被災事故などの事故や災害を経て、昨年の東日本大震災、東電福島原発事故へと至りました。

極めて厳しい言い方をすれば、「知的なまけ者」たちが、災いを起こしたり、災いを拡大したりしたと言えると思います。反対に、東京ディズニーランドが生み出したと言っても過言ではない、「東京ディズニーランド方式」でこの国を運営していれば、災いの内の「人災」の部分は、相当低減化されていたと私は断言します。

なぜならば、ディズニーランドの運営は「楽」ができない、つまり怠けることができないようにできているからです。「知的なまけ者」は淘汰されるようにできているからです。

翻って、現在の日本社会はどうでしょう。読売新聞の門間順平記者のように、2ちゃんねるで話題になっていた風評を、取材もせず、そのまま記事にして全国報道したり、その報道の信憑性を疑いもせずに丸飲みして私的制裁(リンチ)に走ったりする「知的なまけ者」が、我が物顔で跋扈(ばっこ)しているではありませんか。

「知的なまけ者」が日本を滅ぼす、私はそのように警鐘を鳴らします。
posted by S・C・ NAKAMURA at 15:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

読売新聞社への挑戦状


『最後のパレード〜ディズニーランドで本当にあった心温まる話』事件の際、私は東京ディズニーランドでの心温まるエピソードは公共財であると主張した。建前上では社員は「そうだ」と言えないが、エピソードを「自分のものだ」とし、経済的侵害を訴えるディズニーファンなど一人もいないと、ディズニー・キャストたちは信じているに違いないと今も私は確信している。

しかしながら、エピソードが似ているというだけで、権利を主張してきたダボハゼ集団(ダボハゼは、誰にでも簡単に釣れる価値のない雑魚という意味)がいた。公益社団法人 小さな親切運動本部である。冤罪の可能性など全く考えず、「謝罪せよ、回収せよ」と文部科学省で記者会見を開催するという軽率な欲動により、著者である私は、以後筆舌に尽くし難い苦しみを受け続けることになった。

すべては、読売新聞の策略ゲームに参加した者たちの悪意がもたらした結果である。

公益社団法人 小さな親切運動本部
http://www.kindness.jp/

以下のエピソードは本日の朝日新聞に掲載されたものである。私は、これらのエピソードを公共財と捉え、朝日新聞に無断で世界に公開する。

読売新聞社や小さな親切運動本部は、どういう回答を示すのか。著作権侵害をまた起こしたと騒ぎ立てるのか。

これも「ゲーム」である。

<無断転載開始>
朝日新聞 声 語り継ぐ戦争
2012年11月20日

空襲で逝った姉ちゃんを思う
無職 高山 九州男 長崎市 76歳

あの日から67年も自分は生きてしもうて、ごめんね、姉ちゃん。
1週間後の終戦を迎えることもなく、北九州への空爆でわずか11歳で逝かねばならなかった姉ちゃん。あんなにあこがれていた花嫁姿になれなかった姉ちゃん。
殺される運命にある牛が、己の死を察知して、悲しげに泣くのを哀れみながらも、「自分の死を予知できない人間は、かえって幸せ」と言ってた姉ちゃん。
巨大な気球を上げる広場のひ弱な兵隊さんを慕っていた姉ちゃん。兵隊さんが黙って戦地へ住って(いって)しまった後、千人針の依頼や慰問袋作りに熱中した姉ちゃん。
そのころから急に死を怖がりだし、<屋根にカラスがとまると、その家はだれかが必ず死ぬ>という流言を信じ「とまらんように追っ払って!」と頼んだ姉ちゃん。
警報のサイレンが鳴るたび、盲目の祖母にしがみつかれてパニック状態の母に、防空壕への退避をせかして叱られた姉ちゃん。
濠から救い出された時は、虫の息、いくら名を呼んでも応えてくれず、母を狂乱に陥れた姉ちゃん。おかっぱ頭の額に
一条(ひとすじ)の血をにじませ、うっすら紅をおびたようなほおの美しかった姉ちゃん。
もうすぐ自分も逝くよ。着られなかった花嫁衣装は、遅ればせながら、自分が背負っていくけんね。姉ちゃん。


空襲の爆風で畳 浮き上がった
無職 加藤 貞子
和歌山県御坊市 78歳

45年3月13日の大阪大空襲で自宅を失い、着の身着のまま、私と母と3人の弟は御坊の叔父宅へ転がり込んだ。
物不足で苦しんだ大阪とは違い、御坊は豊かだった。ご近所に食糧で助けてもらった。「田舎にいる限り戦争は怖くないと」と思った。ところが6月初め、御坊でも空襲が始まった。22日には裏の家と道路を隔てた向かいの家に爆弾がそれぞれ落ちた。避難壕もないので家族は布団をかぶって爆風をかわした。生きた心地がしなかった。爆風で畳が30センチも浮き上がっていた。
みんなで外へ逃げたところ、太ももにケガをした人がいて、まるで噴水のように血が噴き出していて驚いた。近くの河原にある農作業小屋に避難した。でも恐怖のため体の震えが止まらなかった。とりあえず家族がみな無事であったことだけがうれしかった。
<無断転載終了>

私は今、連日記しているようにイスラエルのパレスティナ攻撃を、日本人の力で中止できないかと考えている。パレスティナの人々の苦悩を想像するだけで胸が締め付けられるからである。

上記のエピソードに「殺される運命にある牛が、己の死を察知して、悲しげに泣くのを哀れみながらも、『自分の死を予知できない人間は、かえって幸せ』と言ってた姉ちゃん。」という一文に泣いた。
私が子供のころ、数頭の牛を飼っていた父が「出荷しようとすると涙を流すんだ」と話していた。

文中には「己の死」とあるが、「姉ちゃん」は、アメリカの空爆で殺されたのである。

御坊への空爆の事実には驚いた。地理的に和歌山市より南であるからである。御坊市の教育委員会に問い合わせたところ、軍事工場はあったようである。(後日、「何を製造していたのか」に回答頂けるとのこと)

いずれにせよ、エピソードにあるように、人々が「疎開」するような町まで、アメリカの爆撃機は容赦なく襲いかかったのである。

私は、今年の夏に戦争に関するいくつかの記事を書いている。その一つである。PDF資料の当時の田舎の風景と、灯火管制の様子を見ていただきたい。そして、紹介したエピソードとともに、絵の情景を右脳にしっかりと記憶して欲しい。その上で、中東に和平が訪れることを祈って欲しい。

2012年07月25日
世界平和を成し遂げる「絵手紙爆弾」デモにご参加ください
http://dream333.seesaa.net/article/283006175.html

こちらのPDFファイルをご覧ください。
「絵手紙爆弾」
http://imagineer.up.seesaa.net/image/etegami.pdf
posted by S・C・ NAKAMURA at 14:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年11月19日

アジェンダを達成する名言集G


◇快適さを精神において追求するのが文化で、物質に頼って求めるのが文明である。立川談志

※本日19日の朝日新聞より
21日で立川談志没後一年
   「落語とは人間の業の肯定である」
   「タニマチとは、品性の低い奴のことを言う」
   「いままでなかった形式を納得させた時に芸術が生まれる」

◇ウォルト・ディズニーは4回失敗し、5回目のチャレンジで成功した。2006年の安倍晋三元首相
http://akemama13.seesaa.net/article/126288627.html

◇民主党は1回失敗し、2回目のチャレンジで成功した 将来の安倍晋三元首相
posted by S・C・ NAKAMURA at 19:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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